「伊坂さんが……亡くなったって」
ようやくカラカラになった喉から声をふり絞った時、久保さんは下げていた頭をあげた。その悲しい顔を見たら、私はひどく青ざめているのだろうと想像できた。
伊坂さんとカフェに行く約束をした。だけどあの日、彼は来なかった。約束の日よりも前に、彼は私宛の手紙を書いていた。それは、もう二度と会えないとわかっていたからだ。
「事故では、ないですよね」
意外と冷静な声が出て、ホッとした。久保さんに心配かけないで済む。
「病気でした」
「お元気そうだったのに」
「久史には持病がありました。定期的な検診を受けていましたが、次に悪化が見つかったときは、まず助からないだろうと言われていたそうです。それでも、あっけないほど早く逝きました。俺自身、まだ信じられない思いでいます」
私は混乱していた。会う約束を検診のあとにしたのは、伊坂さんが何かを予見していたからではないだろうか。
悲しいとかさみしいとか、そういう気持ちよりも、驚きと戸惑いの中にいる。
私は何も知らずに生きていた。同じ時間を伊坂さんも生きていると信じていた。
「久史は、日高さんに会えてから亡くなりました。だから、幸せだったと思います。日高さんに背負わせるようなものは、何もありません」
「そんな言い方しないでください。伊坂さんは小学校の同級生で、大人になって再会した、懐かしい友人です。伊坂さんは私に何の負担もかけていません」
久保さんが気に病むことも何もないのだと伝えた。伊坂さんの死を伝えようと、私を探したと言ってくれた。その気持ちだけで、じゅうぶんじゃないか。
「苗字……違うんですね」
ふと浮かんだ疑問を口にした。久保さんはちょっとほほえんだ。
「俺が中一、久史が小四の時に、両親が離婚しました。俺は母に引き取られ、苗字が変わりました。父に引き取られた久史は、引越しをしたんです」
「だから、急な引越しだったんですね」
伊坂さんは夏休みに転校した。私たちクラスメイトの知らない間に、彼は両親の離婚を経験し、誰とも別れを惜しむ間もなく引越してしまった。
さみしかっただろう。あの時、彼はそれに薄々気づいていて、むしゃくしゃした気分を晴らすように、スタープリンセスのブックカバーを破いたのかもしれない。それだったらそれでいい。彼の気分が少しでも晴れたなら、それで。
「正直……、俺も久史もよくわからないまま、別れて暮らすことになりました。再会したのは、クボックを開店させた時です。本当に久しぶりの再会でした」
「それまではお会いになってなかったんですね?」
「久史が母に反感を持っていたみたいで、父に会うように促されても嫌がったみたいです」
久保さんは後悔するようにまぶたを伏せた。
伊坂さんが会いたくなくても、自分から会いに行けばよかったと思っているようだった。
「どうして、大人になって会う気になったんでしょう」
「俺、父に開店資金の援助をお願いしたんですよ。それで、久史も興味があったみたいで、会いに来てくれました。もっとはやく会えばよかったなって思うぐらい、弟は純粋に育っていました」
「優しい人ですよね」
「だから驚きました。小学校時代のこととはいえ、日高さんの本を破ったと聞いて。身内の欲目ですが、そんなことするような弟じゃないんです」
「わかってます。あれはなりゆきで、誰も悪くないと思ってます」
「日高さんはもっと怒っていいのに……」
あきれたような、申し訳ないというような、複雑な笑みを浮かべて、久保さんは書籍コーナーへ目を向けた。
「久史の本は店頭に置かないんですか? 本を送ったこともご迷惑だったのかなと気になってました」
「本のことも、伊坂さんから聞かれてたの?」
「ああ、はい。知らないふりをしていてすみませんでした。うまく言えなくて。ネックレスも、俺が作りました。久史に本を見せられて、表紙に描かれたスタープリンセスのイメージでネックレスを作ってほしいなんて言われましてね。無理難題を言う弟だなと、思わず笑ってしまいました」
破ってしまった本の代わりに、別の本を探し出し、お詫びにネックレスまで送ろうと思ってくれた伊坂さんを支えていたのは、久保さんだった。
「でも、イメージにとてもぴったりです。伊坂さんからいただいた本は大切に部屋に飾っています。また破れちゃったりしたら、大変でしょう?」
「新品の本はもう販売されてないんだって、久史は申し訳なさそうでしたよ。だから、ネックレスもプレゼントしようと思ったみたいです。日高さんに再会した日から、その話ばっかりで。本当は直接渡したかったはずです」
「じゃあ、カフェに誘ってくれたのは、そういう理由だったんですね」
何かを期待していたわけじゃないけれど、そうとわかれば、納得がいく。
「カフェに誘ったのは、デートしたかったからじゃないかな」
久保さんはほんの少し茶化すような目をした。
「久史にネックレスを作ってほしいと言われた時、プレゼントしたい相手は好きな女性だろうと思いました。父から女っ気のない息子だと聞いていましたので、すぐにピンと来ました」
「そんなの、わからないでしょう?」
困惑しながら言う。
伊坂さんが私を好きだったなんて、今となっては誰にもわからない思いだ。
「そうですね」
久保さんはちょっと笑って、ふたたび表情を引き締めた。
「久史が死んだ日、俺は石の買い付けで海外に行っていて、葬儀には出られませんでした。久史が入院していたことも、実は知りませんでした」
「本とネックレスを郵送してくれたのは、久保さんではないんですね」
「ええ、父です。もし万が一のことがあれば、ポストに投函してほしいと、久史が父に頼んでいたみたいです。覚悟していたんでしょう」
消印の日付は、もしかしたら伊坂さんの命日かもしれない。
「お父さまにもお礼を言わなくてはいけないですね。あと、申し訳なく思ってて……」
「お礼なんていりませんけど、なぜ申し訳ないと?」
「伊坂さんがどうやって私の住所を知ったのかはわかりませんが、実家の方に送られてきたんです。姉が全然気づかなくて、受け取ったのは最近だったんです」
通販で購入した商品の中に埋もれていたなんて、久保さんも想像していないだろう。本当に申し訳ないと思う。
「ああ、それで、最近ネックレスを。住所はどうなんだろう。小学校の同級生に聞いたのかもしれませんね」
「そうですね。その可能性が一番高いですね。私が親しくしてる友人なら、お話やの住所を伝えられたとは思うんですが、申し訳ありません」
「あ、いえ、日高さんが謝るようなことは何も。父もしっかり宛先を覚えてなくて、聞いても要領を得なくて。動転していたのかもしれませんが、抜けたところがあってお恥ずかしいです。だから俺も、半信半疑で日高さんを探していました」
秋乃さんにあれこれ尋ねたのも、そのためだったのだろうか。
「よく、私だってわかりましたね」
「父にしつこく聞いてみたんですよ。そうしたら、八福寺商店街で商売してるらしいって急に言い出して。若い店主のいる店と言ったら、日高さんしかいませんから」
「それで訪ねてきてくれたんですね」
「ここでスタープリンセスを見つけた時に、きっとそうだろうと思いました。確信できるまで、何度か来てみようと思ったんです。それに……」
「私に興味があったからですね」
弟が好きになった人がどんな女性なのか、興味本位で知りたかったと、彼はさっき告白したばかりだ。
「失礼ながら、偶然を装って日高さんに接触したことも否定しません。俺が作ったネックレスをつけているのを見た時、久史の好きな女性が日高さんだと、確信しました。そのネックレスは俺が作った、世界にひとつしかないものですから」
「伊坂さんは私に告白したりしていないので、誤解があると思います」
「でも、好きだったと思います。日高さんは違うんですか? 本当に。久史を少しも意識しませんでしたか?」
そう言われると、戸惑ってしまう。
もし、直接ネックレスをプレゼントされ、好きだと告白されていたら、その好意を受け入れていたかもしれない。その気持ちは、否定できない。
「好きだと言われたら、付き合ってしまうこともあると思います。でももう私、恋することはあきらめたんです。伊坂さんはとてもいい人だったから、好きになっていたかもしれないけど、それは友人として、です」
「俺は今の話をどう受け止めたらいいんだろう。好きだと言えば付き合ってもらえるかもしれない。でも俺のことは好きになれないかもしれない。そういうことですよね?」
久保さんは途方にくれて、苦笑いする。
「ごめんなさい」
頭を下げると、彼は頼りなく眉を下げた。
「日高さんに会えたのは、久史のおかげです。久史を思うなら、あなたをあきらめるのが筋かもしれません。それでも、少しでも可能性があるならと、期待してしまっているんです。やっぱり、日高さんとお付き合いしたい。もう少し、前向きに考えてほしいです」
こんな風にまっすぐな気持ちを向けられたのは、何年ぶりだろう。
久保さんは私をからかったりしない。それだけは確かだと、信じている。伊坂さんと同じ、優しさのある人だと思うから。
「私、何にも続かない人なんですよ」
「そんな風に言わないでください」
「久保さんは言いましたよね、好きな人には、傷ついて欲しくないって。私も同じです。好きになってくれる人に後悔させたくないんです」
私では、久保さんに釣り合わないだろう。
彼は世界にひとつしかないものを作り出せる人。どこにでも転がってるような石で、未来を創造するなんて、もったいない。
「今日は何を言っても無理ですよね。すみません。気遣いが足りませんでした」
久保さんは立ち上がると、財布からコーヒー代を取り出し、写真を丁寧にしまった。
「また来ます」
彼がそう言うから、私も言った。
「イヤリング、調整してもらいにうかがいます」
「ありがとう、日高さん」
「大切にしますから」
ありがとう、ともう一度つぶやいて、久保さんは帰りかけるが、ふと足を止めて振り返った。
「久史のことで、泣いたりしないでください。もしつらくなったら、俺に電話を」
今夜、きっと私は泣くだろう。久保さんの声が聞きたいと思いながら。それでも電話はかけられず、ひとりひっそり泣くだろう。
ようやくカラカラになった喉から声をふり絞った時、久保さんは下げていた頭をあげた。その悲しい顔を見たら、私はひどく青ざめているのだろうと想像できた。
伊坂さんとカフェに行く約束をした。だけどあの日、彼は来なかった。約束の日よりも前に、彼は私宛の手紙を書いていた。それは、もう二度と会えないとわかっていたからだ。
「事故では、ないですよね」
意外と冷静な声が出て、ホッとした。久保さんに心配かけないで済む。
「病気でした」
「お元気そうだったのに」
「久史には持病がありました。定期的な検診を受けていましたが、次に悪化が見つかったときは、まず助からないだろうと言われていたそうです。それでも、あっけないほど早く逝きました。俺自身、まだ信じられない思いでいます」
私は混乱していた。会う約束を検診のあとにしたのは、伊坂さんが何かを予見していたからではないだろうか。
悲しいとかさみしいとか、そういう気持ちよりも、驚きと戸惑いの中にいる。
私は何も知らずに生きていた。同じ時間を伊坂さんも生きていると信じていた。
「久史は、日高さんに会えてから亡くなりました。だから、幸せだったと思います。日高さんに背負わせるようなものは、何もありません」
「そんな言い方しないでください。伊坂さんは小学校の同級生で、大人になって再会した、懐かしい友人です。伊坂さんは私に何の負担もかけていません」
久保さんが気に病むことも何もないのだと伝えた。伊坂さんの死を伝えようと、私を探したと言ってくれた。その気持ちだけで、じゅうぶんじゃないか。
「苗字……違うんですね」
ふと浮かんだ疑問を口にした。久保さんはちょっとほほえんだ。
「俺が中一、久史が小四の時に、両親が離婚しました。俺は母に引き取られ、苗字が変わりました。父に引き取られた久史は、引越しをしたんです」
「だから、急な引越しだったんですね」
伊坂さんは夏休みに転校した。私たちクラスメイトの知らない間に、彼は両親の離婚を経験し、誰とも別れを惜しむ間もなく引越してしまった。
さみしかっただろう。あの時、彼はそれに薄々気づいていて、むしゃくしゃした気分を晴らすように、スタープリンセスのブックカバーを破いたのかもしれない。それだったらそれでいい。彼の気分が少しでも晴れたなら、それで。
「正直……、俺も久史もよくわからないまま、別れて暮らすことになりました。再会したのは、クボックを開店させた時です。本当に久しぶりの再会でした」
「それまではお会いになってなかったんですね?」
「久史が母に反感を持っていたみたいで、父に会うように促されても嫌がったみたいです」
久保さんは後悔するようにまぶたを伏せた。
伊坂さんが会いたくなくても、自分から会いに行けばよかったと思っているようだった。
「どうして、大人になって会う気になったんでしょう」
「俺、父に開店資金の援助をお願いしたんですよ。それで、久史も興味があったみたいで、会いに来てくれました。もっとはやく会えばよかったなって思うぐらい、弟は純粋に育っていました」
「優しい人ですよね」
「だから驚きました。小学校時代のこととはいえ、日高さんの本を破ったと聞いて。身内の欲目ですが、そんなことするような弟じゃないんです」
「わかってます。あれはなりゆきで、誰も悪くないと思ってます」
「日高さんはもっと怒っていいのに……」
あきれたような、申し訳ないというような、複雑な笑みを浮かべて、久保さんは書籍コーナーへ目を向けた。
「久史の本は店頭に置かないんですか? 本を送ったこともご迷惑だったのかなと気になってました」
「本のことも、伊坂さんから聞かれてたの?」
「ああ、はい。知らないふりをしていてすみませんでした。うまく言えなくて。ネックレスも、俺が作りました。久史に本を見せられて、表紙に描かれたスタープリンセスのイメージでネックレスを作ってほしいなんて言われましてね。無理難題を言う弟だなと、思わず笑ってしまいました」
破ってしまった本の代わりに、別の本を探し出し、お詫びにネックレスまで送ろうと思ってくれた伊坂さんを支えていたのは、久保さんだった。
「でも、イメージにとてもぴったりです。伊坂さんからいただいた本は大切に部屋に飾っています。また破れちゃったりしたら、大変でしょう?」
「新品の本はもう販売されてないんだって、久史は申し訳なさそうでしたよ。だから、ネックレスもプレゼントしようと思ったみたいです。日高さんに再会した日から、その話ばっかりで。本当は直接渡したかったはずです」
「じゃあ、カフェに誘ってくれたのは、そういう理由だったんですね」
何かを期待していたわけじゃないけれど、そうとわかれば、納得がいく。
「カフェに誘ったのは、デートしたかったからじゃないかな」
久保さんはほんの少し茶化すような目をした。
「久史にネックレスを作ってほしいと言われた時、プレゼントしたい相手は好きな女性だろうと思いました。父から女っ気のない息子だと聞いていましたので、すぐにピンと来ました」
「そんなの、わからないでしょう?」
困惑しながら言う。
伊坂さんが私を好きだったなんて、今となっては誰にもわからない思いだ。
「そうですね」
久保さんはちょっと笑って、ふたたび表情を引き締めた。
「久史が死んだ日、俺は石の買い付けで海外に行っていて、葬儀には出られませんでした。久史が入院していたことも、実は知りませんでした」
「本とネックレスを郵送してくれたのは、久保さんではないんですね」
「ええ、父です。もし万が一のことがあれば、ポストに投函してほしいと、久史が父に頼んでいたみたいです。覚悟していたんでしょう」
消印の日付は、もしかしたら伊坂さんの命日かもしれない。
「お父さまにもお礼を言わなくてはいけないですね。あと、申し訳なく思ってて……」
「お礼なんていりませんけど、なぜ申し訳ないと?」
「伊坂さんがどうやって私の住所を知ったのかはわかりませんが、実家の方に送られてきたんです。姉が全然気づかなくて、受け取ったのは最近だったんです」
通販で購入した商品の中に埋もれていたなんて、久保さんも想像していないだろう。本当に申し訳ないと思う。
「ああ、それで、最近ネックレスを。住所はどうなんだろう。小学校の同級生に聞いたのかもしれませんね」
「そうですね。その可能性が一番高いですね。私が親しくしてる友人なら、お話やの住所を伝えられたとは思うんですが、申し訳ありません」
「あ、いえ、日高さんが謝るようなことは何も。父もしっかり宛先を覚えてなくて、聞いても要領を得なくて。動転していたのかもしれませんが、抜けたところがあってお恥ずかしいです。だから俺も、半信半疑で日高さんを探していました」
秋乃さんにあれこれ尋ねたのも、そのためだったのだろうか。
「よく、私だってわかりましたね」
「父にしつこく聞いてみたんですよ。そうしたら、八福寺商店街で商売してるらしいって急に言い出して。若い店主のいる店と言ったら、日高さんしかいませんから」
「それで訪ねてきてくれたんですね」
「ここでスタープリンセスを見つけた時に、きっとそうだろうと思いました。確信できるまで、何度か来てみようと思ったんです。それに……」
「私に興味があったからですね」
弟が好きになった人がどんな女性なのか、興味本位で知りたかったと、彼はさっき告白したばかりだ。
「失礼ながら、偶然を装って日高さんに接触したことも否定しません。俺が作ったネックレスをつけているのを見た時、久史の好きな女性が日高さんだと、確信しました。そのネックレスは俺が作った、世界にひとつしかないものですから」
「伊坂さんは私に告白したりしていないので、誤解があると思います」
「でも、好きだったと思います。日高さんは違うんですか? 本当に。久史を少しも意識しませんでしたか?」
そう言われると、戸惑ってしまう。
もし、直接ネックレスをプレゼントされ、好きだと告白されていたら、その好意を受け入れていたかもしれない。その気持ちは、否定できない。
「好きだと言われたら、付き合ってしまうこともあると思います。でももう私、恋することはあきらめたんです。伊坂さんはとてもいい人だったから、好きになっていたかもしれないけど、それは友人として、です」
「俺は今の話をどう受け止めたらいいんだろう。好きだと言えば付き合ってもらえるかもしれない。でも俺のことは好きになれないかもしれない。そういうことですよね?」
久保さんは途方にくれて、苦笑いする。
「ごめんなさい」
頭を下げると、彼は頼りなく眉を下げた。
「日高さんに会えたのは、久史のおかげです。久史を思うなら、あなたをあきらめるのが筋かもしれません。それでも、少しでも可能性があるならと、期待してしまっているんです。やっぱり、日高さんとお付き合いしたい。もう少し、前向きに考えてほしいです」
こんな風にまっすぐな気持ちを向けられたのは、何年ぶりだろう。
久保さんは私をからかったりしない。それだけは確かだと、信じている。伊坂さんと同じ、優しさのある人だと思うから。
「私、何にも続かない人なんですよ」
「そんな風に言わないでください」
「久保さんは言いましたよね、好きな人には、傷ついて欲しくないって。私も同じです。好きになってくれる人に後悔させたくないんです」
私では、久保さんに釣り合わないだろう。
彼は世界にひとつしかないものを作り出せる人。どこにでも転がってるような石で、未来を創造するなんて、もったいない。
「今日は何を言っても無理ですよね。すみません。気遣いが足りませんでした」
久保さんは立ち上がると、財布からコーヒー代を取り出し、写真を丁寧にしまった。
「また来ます」
彼がそう言うから、私も言った。
「イヤリング、調整してもらいにうかがいます」
「ありがとう、日高さん」
「大切にしますから」
ありがとう、ともう一度つぶやいて、久保さんは帰りかけるが、ふと足を止めて振り返った。
「久史のことで、泣いたりしないでください。もしつらくなったら、俺に電話を」
今夜、きっと私は泣くだろう。久保さんの声が聞きたいと思いながら。それでも電話はかけられず、ひとりひっそり泣くだろう。
