***
洋菓子店アキノの前を通ると、秋乃さんが私に気づいて手を振った。頭を下げて通り過ぎようとすると、紙袋を持った彼女がお店から駆け出てくる。
「幸子ちゃん、これこれっ、いつもの。よかったらもらって」
「いつもすみません」
紙袋を受け取って、中をのぞく。バームクーヘンやマドレーヌ、マフィンがたくさん入っている。いつもの、というのは、いつもの売れ残りだ。
「貴士くんにも寄るように言ったのに、全然来ないのよ」
「貴士くん?」
「クボックの久保貴士くんよ。お話やにもよく来てるでしょー」
秋乃さんは久保さんにとって面倒見のいいお姉さんだろうか。彼女が私を幸子ちゃんと呼んでくれるように、彼のことも親しげに呼んでいる。それを知って、どこかひるむ私がいる。
久保さんは誰とでも親しくできる。私は特別じゃない。それをまざまざと見せつけられたようで、困惑してしまっているのだ。
「あっ、そうだ、幸子ちゃん。貴士くんの分も持っていってくれない? 私ね、午後から出かけなきゃいけないところがあって」
彼女は矢継ぎ早に言うと、私が返事をする前に店内へ戻り、同じ紙袋を持ってふたたび出てきた。
「賞味期限、もう切れちゃうから、ごめんね。お願い」
「……わかりました」
断り切れず、紙袋を受け取る。
久保さんに会うのは、気が進まない。でも、会わずにいられる人じゃない。来週にはまたお話やへ来ると言っていた。会う日が少しだけ早まっただけだ。
「そういえば幸子ちゃん、貴士くんとはどうなの?」
「どうって……?」
「かなり仲良くしてるらしいじゃない?」
その意味ありげな問いかけには困ってしまった。
何と答えればいいだろう。お話やの客というには親しく、友人というほど気心が知れているわけじゃない。
秋乃さんはふふっと笑うと、お節介そうに身を乗り出して話し出す。
「ずいぶん前だったと思うけど、貴士くんね、幸子ちゃんのこと、あれこれ聞いてきたのよ。日高さんちの末っ子ですか? とか、ずっとこの商店街に住んでるんですか? とかね。幸子ちゃんのこと気になってしょうがないみたいだったわよ」
驚いたが、私はゆっくりと口を結んだ。彼の問いは、あまりにも色気がないではないか。しかし、秋乃さんはそうは思ってないようだった。
「あれは、間違いなく好意よね。気になるならお店に行ってみたらいいじゃないって言ったら、気まずそうな顔してたもの。結構、慎重なのね、彼。あ……、いけない。幸子ちゃんといると、つい、長話しちゃうわ。じゃあ、お菓子よろしくね」
店へ駆け戻る秋乃さんを見送ったあと、私はクボックのある東の道へと歩き出した。
どうして久保さんは私を調べるようなことをしたのだろう。
しかし、思い返してみれば、彼と偶然に何度か出会ったことは、不自然といえば不自然だった。彼自身、偶然なんて作り出せると言っていた。
お話やへふらっと立ち寄ったのは、最初から私目当てだったのだろうか。そう考えたら、またもや、恥ずかしくなってくる。
久保さんみたいなカッコいい人が、私に何度も接触してきたのは、何かそうする必要があるからだ。秋乃さんの言うような、好意があるからじゃない。
若い身で商店街にお店を開いている、店主同士。たったそれだけで、親近感を覚えて交流してくれているなどと、どうして信じていたのだろう。
私はずいぶん、久保さんに心を許していた。裏切られたような気がして、ちょっとショックを受けている。勝手に信用したのは、私なのに。落ち込むなんて、間違っている。
洋菓子店アキノの前を通ると、秋乃さんが私に気づいて手を振った。頭を下げて通り過ぎようとすると、紙袋を持った彼女がお店から駆け出てくる。
「幸子ちゃん、これこれっ、いつもの。よかったらもらって」
「いつもすみません」
紙袋を受け取って、中をのぞく。バームクーヘンやマドレーヌ、マフィンがたくさん入っている。いつもの、というのは、いつもの売れ残りだ。
「貴士くんにも寄るように言ったのに、全然来ないのよ」
「貴士くん?」
「クボックの久保貴士くんよ。お話やにもよく来てるでしょー」
秋乃さんは久保さんにとって面倒見のいいお姉さんだろうか。彼女が私を幸子ちゃんと呼んでくれるように、彼のことも親しげに呼んでいる。それを知って、どこかひるむ私がいる。
久保さんは誰とでも親しくできる。私は特別じゃない。それをまざまざと見せつけられたようで、困惑してしまっているのだ。
「あっ、そうだ、幸子ちゃん。貴士くんの分も持っていってくれない? 私ね、午後から出かけなきゃいけないところがあって」
彼女は矢継ぎ早に言うと、私が返事をする前に店内へ戻り、同じ紙袋を持ってふたたび出てきた。
「賞味期限、もう切れちゃうから、ごめんね。お願い」
「……わかりました」
断り切れず、紙袋を受け取る。
久保さんに会うのは、気が進まない。でも、会わずにいられる人じゃない。来週にはまたお話やへ来ると言っていた。会う日が少しだけ早まっただけだ。
「そういえば幸子ちゃん、貴士くんとはどうなの?」
「どうって……?」
「かなり仲良くしてるらしいじゃない?」
その意味ありげな問いかけには困ってしまった。
何と答えればいいだろう。お話やの客というには親しく、友人というほど気心が知れているわけじゃない。
秋乃さんはふふっと笑うと、お節介そうに身を乗り出して話し出す。
「ずいぶん前だったと思うけど、貴士くんね、幸子ちゃんのこと、あれこれ聞いてきたのよ。日高さんちの末っ子ですか? とか、ずっとこの商店街に住んでるんですか? とかね。幸子ちゃんのこと気になってしょうがないみたいだったわよ」
驚いたが、私はゆっくりと口を結んだ。彼の問いは、あまりにも色気がないではないか。しかし、秋乃さんはそうは思ってないようだった。
「あれは、間違いなく好意よね。気になるならお店に行ってみたらいいじゃないって言ったら、気まずそうな顔してたもの。結構、慎重なのね、彼。あ……、いけない。幸子ちゃんといると、つい、長話しちゃうわ。じゃあ、お菓子よろしくね」
店へ駆け戻る秋乃さんを見送ったあと、私はクボックのある東の道へと歩き出した。
どうして久保さんは私を調べるようなことをしたのだろう。
しかし、思い返してみれば、彼と偶然に何度か出会ったことは、不自然といえば不自然だった。彼自身、偶然なんて作り出せると言っていた。
お話やへふらっと立ち寄ったのは、最初から私目当てだったのだろうか。そう考えたら、またもや、恥ずかしくなってくる。
久保さんみたいなカッコいい人が、私に何度も接触してきたのは、何かそうする必要があるからだ。秋乃さんの言うような、好意があるからじゃない。
若い身で商店街にお店を開いている、店主同士。たったそれだけで、親近感を覚えて交流してくれているなどと、どうして信じていたのだろう。
私はずいぶん、久保さんに心を許していた。裏切られたような気がして、ちょっとショックを受けている。勝手に信用したのは、私なのに。落ち込むなんて、間違っている。
