***
「さっちゃん、あとは任せて。たまには先に上がってよ」
「あと十分で閉店だし、私がやるからいいよ」
「いいから、カフェに行ってきなさいよ」
「カフェって何?」
日曜日は夕方を過ぎると客足が減る。すでに閉店準備を始めていた私から、珠美は釣り銭を取り上げてしまった。
「あと十分が大事なのよ。ほら、来た」
「来た? 何が?」
通りの方へ視線を移動させると、人影が近づいてくるのが見えた。
「お客さんが来たみたい。お釣り片付けるの、ちょっと待って」
珠美にそう声をかけた時、店内に姿を現したのは久保さんだった。
「こんばんは。すみません。もう少しはやく来るつもりだったんですが」
久保さんは手さげの紙袋を持って、珠美へ向かってゆっくり頭を下げる。
どういうこと?
不思議に思って珠美を振り返ると、「わざわざありがとう」と、彼女は彼に歩み寄った。
「仕上がりはまだ見ていただけてないので、確認お願いします」
「間違いないと思ってるけど」
珠美は紙袋を受け取ると、中から小さな箱を取り出す。
「何か買ったの?」
「なーに、さっちゃん、その顔。たくさんあるからもういらないでしょって、書いてあるよ」
「そうじゃないけど……」
半分はずれで、半分当たりだ。
珠美は昔からおしゃれだし、アクセサリーは使い切れないぐらい持ってるだろう。
先日、クボックへ行ってきたと聞いていたが、注文してきたことまでは知らなかった。
「あら、いい感じじゃない?」
小箱から出てきたのはイヤリングだった。
「アジサイ?」
珠美の指先で揺れるイヤリングをのぞき込む。
彼女は、六月のこの季節に合わせたデザインを注文したのだろうか。落ち着いた大人の女性に似合うデザインだった。だけど、どこか可愛らしくて、繊細でもある。
久保さんの作るアクセサリーは、同じものが一つとしてない。世界で一つだけのイヤリングに目を奪われたが、私にはどうしても、もう一つ気にかかることがあった。
「ピアスじゃないの?」
思わず、尋ねた。
珠美はいつもピアスをしている。イヤリングは痛いからしないと公言するぐらいに。
「違うわよ。だって、さっちゃん、ピアス開けてないじゃない」
「えっ、私っ?」
すっとんきょうな声を上げると、久保さんがクスッと笑った。珠美もまた、ふふっと微笑んで、私の耳に指を伸ばす。そして、優しい手つきでイヤリングをつけてくれる。
「さっちゃんにって、イヤリング作ってもらったの。やっぱりセンスいいわよね。すごくいい感じ」
ほらっ、と珠美は姿見の前へ私を連れていく。鏡に全身が映ると、恥ずかしさから身がすくんだ。
綺麗な珠美と一緒にいる私はとても地味で、久保さんにもこんな風に見えているのだと思ったら、途端に逃げ出したくなる。しかし、そんなことすらできない私は、ただ呆然と鏡の中の私を見ていた。
「さっちゃんに似合うように作ってくれたの、すごくわかるじゃない?」
そんなの、よくわからない。普段、アクセサリーはつけないし、いろいろ試したこともない。
「ねー、さっちゃん。このまま久保さんとカフェに行ってらっしゃいよ。久保さんも用事ないでしょ?」
「俺はかまいませんよ」
用事がないと勝手に決めつける珠美にはあきれたが、あっさりと承諾する彼にも困惑してしまう。
「リリーカフェへ行きましょうか。日曜日の夜は空いてるみたいなので」
「ほんとに?」
「日高さんさえよければ」
日高さん、と呼ばれると、どきりとする。
いつもはお話やさんと呼ぶのに、意図的に私をそう呼ぶときは、一人の女性として扱ってくれているように感じてしまう。
「ほらほら、さっちゃん。行ってきなさいよ」
「え、お姉ちゃんっ」
後ろから背中をぐいぐい押され、店の外へ押し出されてしまった。
「まだ何にも準備が……」
「さっちゃんはそのままでかわいいから大丈夫。じゃあ、久保さん、よろしくお願いします」
よろしくお願いします、だなんて、子ども扱いされているみたいだ。珠美から見たら、私はいつまで経っても小さい妹なのだろうが。
「お店の片付けしてからでも……」
「さっちゃん、久保さん待たせる気?」
「あ……、そうだね」
睨みを利かせてくる珠美はいつも強引で、私はあっけなく身を引いた。
「閉店してから来ようかとも迷ったんですが、中途半端な時間に来てすみません」
なぜか、久保さんが謝ってくる。
「久保さんは何も。わざわざ来てもらって申し訳ないぐらいです」
「いいんですよ。日高さんとお話がしたかったのもありますし」
「話……ですか」
「ぜひ、聞いてもらいたい話が……」
久保さんがそう言いかけた時、私たちの横を珠美が勢いよく通り過ぎていった。薄暗い通りに飛び出した彼女は、暗闇に向かって叫ぶ。
「洋一っ」
「やあ、久しぶり」
街頭の灯りに照らされて浮かび上がる男性は、優しい笑みを浮かべる志島さんだった。
「さっちゃん、あとは任せて。たまには先に上がってよ」
「あと十分で閉店だし、私がやるからいいよ」
「いいから、カフェに行ってきなさいよ」
「カフェって何?」
日曜日は夕方を過ぎると客足が減る。すでに閉店準備を始めていた私から、珠美は釣り銭を取り上げてしまった。
「あと十分が大事なのよ。ほら、来た」
「来た? 何が?」
通りの方へ視線を移動させると、人影が近づいてくるのが見えた。
「お客さんが来たみたい。お釣り片付けるの、ちょっと待って」
珠美にそう声をかけた時、店内に姿を現したのは久保さんだった。
「こんばんは。すみません。もう少しはやく来るつもりだったんですが」
久保さんは手さげの紙袋を持って、珠美へ向かってゆっくり頭を下げる。
どういうこと?
不思議に思って珠美を振り返ると、「わざわざありがとう」と、彼女は彼に歩み寄った。
「仕上がりはまだ見ていただけてないので、確認お願いします」
「間違いないと思ってるけど」
珠美は紙袋を受け取ると、中から小さな箱を取り出す。
「何か買ったの?」
「なーに、さっちゃん、その顔。たくさんあるからもういらないでしょって、書いてあるよ」
「そうじゃないけど……」
半分はずれで、半分当たりだ。
珠美は昔からおしゃれだし、アクセサリーは使い切れないぐらい持ってるだろう。
先日、クボックへ行ってきたと聞いていたが、注文してきたことまでは知らなかった。
「あら、いい感じじゃない?」
小箱から出てきたのはイヤリングだった。
「アジサイ?」
珠美の指先で揺れるイヤリングをのぞき込む。
彼女は、六月のこの季節に合わせたデザインを注文したのだろうか。落ち着いた大人の女性に似合うデザインだった。だけど、どこか可愛らしくて、繊細でもある。
久保さんの作るアクセサリーは、同じものが一つとしてない。世界で一つだけのイヤリングに目を奪われたが、私にはどうしても、もう一つ気にかかることがあった。
「ピアスじゃないの?」
思わず、尋ねた。
珠美はいつもピアスをしている。イヤリングは痛いからしないと公言するぐらいに。
「違うわよ。だって、さっちゃん、ピアス開けてないじゃない」
「えっ、私っ?」
すっとんきょうな声を上げると、久保さんがクスッと笑った。珠美もまた、ふふっと微笑んで、私の耳に指を伸ばす。そして、優しい手つきでイヤリングをつけてくれる。
「さっちゃんにって、イヤリング作ってもらったの。やっぱりセンスいいわよね。すごくいい感じ」
ほらっ、と珠美は姿見の前へ私を連れていく。鏡に全身が映ると、恥ずかしさから身がすくんだ。
綺麗な珠美と一緒にいる私はとても地味で、久保さんにもこんな風に見えているのだと思ったら、途端に逃げ出したくなる。しかし、そんなことすらできない私は、ただ呆然と鏡の中の私を見ていた。
「さっちゃんに似合うように作ってくれたの、すごくわかるじゃない?」
そんなの、よくわからない。普段、アクセサリーはつけないし、いろいろ試したこともない。
「ねー、さっちゃん。このまま久保さんとカフェに行ってらっしゃいよ。久保さんも用事ないでしょ?」
「俺はかまいませんよ」
用事がないと勝手に決めつける珠美にはあきれたが、あっさりと承諾する彼にも困惑してしまう。
「リリーカフェへ行きましょうか。日曜日の夜は空いてるみたいなので」
「ほんとに?」
「日高さんさえよければ」
日高さん、と呼ばれると、どきりとする。
いつもはお話やさんと呼ぶのに、意図的に私をそう呼ぶときは、一人の女性として扱ってくれているように感じてしまう。
「ほらほら、さっちゃん。行ってきなさいよ」
「え、お姉ちゃんっ」
後ろから背中をぐいぐい押され、店の外へ押し出されてしまった。
「まだ何にも準備が……」
「さっちゃんはそのままでかわいいから大丈夫。じゃあ、久保さん、よろしくお願いします」
よろしくお願いします、だなんて、子ども扱いされているみたいだ。珠美から見たら、私はいつまで経っても小さい妹なのだろうが。
「お店の片付けしてからでも……」
「さっちゃん、久保さん待たせる気?」
「あ……、そうだね」
睨みを利かせてくる珠美はいつも強引で、私はあっけなく身を引いた。
「閉店してから来ようかとも迷ったんですが、中途半端な時間に来てすみません」
なぜか、久保さんが謝ってくる。
「久保さんは何も。わざわざ来てもらって申し訳ないぐらいです」
「いいんですよ。日高さんとお話がしたかったのもありますし」
「話……ですか」
「ぜひ、聞いてもらいたい話が……」
久保さんがそう言いかけた時、私たちの横を珠美が勢いよく通り過ぎていった。薄暗い通りに飛び出した彼女は、暗闇に向かって叫ぶ。
「洋一っ」
「やあ、久しぶり」
街頭の灯りに照らされて浮かび上がる男性は、優しい笑みを浮かべる志島さんだった。
