その好きは隠しておいてね


 寮父はどこに行ったのか、普段なら、学生が学校から戻ってくる時間帯は掃除をしていたり、夕食の準備の手伝いをしたりしているのだが、部屋にも食堂にもいなかった。

「寮父さん、どこに行ったのかな」
「分からない。先に放送をしよう」

 光希は、装置のスイッチをオンにするとマイクを手に取った。

「各階の班長、およびリーダー、副リーダー、伝えたいことがあるので、今すぐ一階のロビーに集まってください」

 光希の声が寮内全体に響いた。
 しかし、いくら待っても誰も出て来ない。まだ学校から戻っていないようだ。
 光希はもう一度、呼びかけた。

「寮内にいる生徒は全員、一階ロビーに集まってください」

 どれだけの生徒がいるのか分からないが、今度は全員を集めて点呼を取ろうと考えた。
 五階と六階にいる生徒たちは下りてくるのに時間がかかる。しかし、一階にいるはずの生徒も誰も現れない。
 甲斐が不安そうに光希に身を寄せながら言った。

「誰もいないんじゃ……」
「そんなはずは……」

 その時、ガヤガヤと数名の生徒たちが玄関の外から戻ってきた。その中に史苑がいる。光希はスリッパのまま外へ飛び出した。

「史苑先輩っ」
「あれ、どしたの?」

 授業が長引いたのだろうか。ほとんどが三年生だった。史苑は面食らっている。甲斐も急いで飛び出して来て、どさくさに紛れて史苑の腕にしがみついた。

「ちょっと寮でおかしなことが起きて」
「おかしなこと?」

 他の三年生たちはじろじろと光希たちを眺めながら、自分たちの部屋に戻ろうとした。

「あ、待ってください」

 光希が慌てて引き留めた。三年生は数十名いた。

「さっき、俺たちの階で何かあったみたいなんです。悲鳴が聞こえて、数名の生徒が走る音がして」
「はあっ?」

 三年生が目を剥いて口を開けた。

「何言ってるんだ?」
「本当なんです。なので、部屋に戻ったら必ず部屋の鍵をかけてください。もしくは、先に夕食をすませた方がいいかも……」

 光希は自分でも何を言っているのだろうと思った。
 一大事が起きているのに夕食を食べている暇なんてあるのだろうか。
 すると、史苑が光希の肩に手を置いた。

「光希、落ち着いて。大丈夫だから」

 優しい言葉を聞いて、光希はホッとしたものの、逆に不安になった。

「すみません。よく考えたら何かの間違いかも。俺は何も見ていないし、ただ、悲鳴を聞いただけで」
「悲鳴が聞こえたんだろ?」
「はい」
「だったら、何かあったんだよ」
「でも……」

 それがさっぱり分からない。
 メールといい、生徒の悲鳴といい、何が起きているのか。
 でも確信がないから、絶対とは言えない。

「光希、俺がいるから」
「はい……」

 史苑が優しい。さっきから自分はおどおどしているばかりで、情けないと思った。その時、史苑が光希の頬に両手を添えた。
 光希は息を止めて目を見開くと、史苑がじっと見つめて言った。

「大丈夫だって、ずっとそばにいるから」
「は、はい……」

 胸がドキッとした。
 痛いくらい心臓がドキンドキンと鳴り出して目を逸らせず、ずっと見つめあっていた。すると、横から甲斐が声を張り上げた。

「おいっ。いちゃいちゃすんなっ」

 その言葉を聞いて光希はびくっと肩を揺らした。

「し、してないよっ」

 急いで否定すると史苑がクスッと笑って、手を下ろした。すると、二階から数十名の学生たちがぞろぞろと降りてきた。五階と六階の一年生だった。

「先輩、放送があったから下りてきましたー」
「何なんですか?」

 一年生たちは何が起きたか知らないようだった。

「あ」

 光希は一瞬、どうしようかと迷った。すると、史苑が機転を利かせて説明してくれた。

「みんな、わざわざ下りて来てくれてありがとう。さっき、三階で何かあったらしいんだ。悲鳴を聞いた生徒がいるらしくて、これから調査するから、何が起きたか分かったら報告をする」
「えっ」

 一年生たちは驚いたようだったが、史苑の落ち着いた様子を見て、大騒ぎにはならなかった。

「わっかりましたー」

 と一年生たちはガヤガヤしながら、再び上に戻ったりそのまま食堂へ行く生徒たちと分かれた。

「史苑先輩、ありがとうございます」

 光希はお礼を言ったが、三階と四階の二年生はいなかった。

「光希、三階へ行ってみよう」

 史苑が言うと、静かに後ろに立っていた怜が頷いた。

「うん。そうするべきだね」

 囁くような声は落ち着いていて、光希はちょっと驚いた。怜が話をしている姿をあんまり見たことがなかったからだ。
 怜は、光希の方を見てフッと笑いかけた。

「僕も行くよ」