怜と史苑は、寮内にはびこっているネット販売で金儲けをしている人数の多さに気づき、どうすることもできないと判断したようだった。
前田の自殺未遂の一件から繋がる事件と今回の光希を陥れようとする人物の悪質さに目をつぶることができず、警察に110番通報した。
光希は被害者であり、被害届を提出した。
その時、家族が寮へ来ることになったが、母は来ず、父と叔父が来てくれた。
家族は誰も来ないと思っていたので、父が来てくれた時は、ずっと冷たかった心臓にほんの少しだけ火が灯ったような気持ちになった。
母が来ないことは分かっていたので、父はそれを気にしないようにと最初から気を遣ってくれた。
史苑が父と挨拶をして、叔父たちに今後の話をしてくれたようだった。
父も叔父もかなり驚いていたが、光希の意志を尊重すると言ってくれた。
今回逮捕された日野澄春は17歳であったため、犯罪を犯した少年として通常と同じく逮捕された。
初の逮捕者が出てしまった寮としては今後どうなるかは分からないが、寮全体に広がっていた膿を出し切ると学校側も踏み切り、前回の痴漢の件から警察の捜査に全面的に力になると申し出ていた。
そのまま残っている生徒や新たに別の学校に入りなおしたりする学生などで、一学期は学校全体が大きく揺らいだ。
「そう言えば、六階のトイレ直ったんだけど――」
ある日、とっくの昔に直されたトイレ話を怜がしてきたので、学習室で勉強をしていた光希は面食らった。
「……は?」
一学期も終わりに近く、センター試験の過去問題、共通テストに向けての試験勉強、など三年生はさらに勉強漬けの毎日で、一緒に勉強をしていた光希の方がへとへとになっているほどだった。
そこに怜の発言を聞いて、一瞬、呆けてしまった。
「あれから一度もハギモリマリアからはメールがこないよね」
「怜先輩、今そんな事を言っている余裕はないと思うんですけど」
同じ国立大学を目指している甲斐が呆れたように言った。
甲斐もみんなと同じ学校へ行きたいと最近になって言いだして、必死で勉強している所だった。
「まあ人生は、為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の、為さぬなりけり、だから」
怜がまるで他人事のように言うが、実はえぐいほど勉強していることは知っている。
ホラー映画もほとんど見ずに時間があれば、史苑と受験勉強に力を入れていた。
「ハギモリマリアは成仏したのかもね」
史苑が手を止めると机に置いてあった冷たい麦茶を手に取って、ごくごくと飲み干した。
光希は隣で史苑の喉仏が上下するのを眺めた。
「光希?」
「あ。すみません……」
すぐに目線を下に移す。
「ちなみに押収品の中に黒のスマホはなかったって」
「えっ? マジっすか。確か、あのスマホは怜先輩が持ってたんじゃなかったっけ?」
甲斐がびっくりして言った。
光希も知らなかったので目をぱちくりさせた。
「確かにね。僕は持っていたんだけど消えたんだよ。パッとどこかにね」
怜は、光希の方ばかり見ている。
「先輩、なんで俺を見ているんですか?」
「霊障って知ってる?」
「なんですか? それ」
甲斐がすかさず尋ねる。
「一言では説明できないんだけど、まあ、ハギモリマリアがこの寮に現れたことも霊障ともいえる。ようは、通常では説明できない事や体に異変があったり不思議な事が続いたり」
「なんでもありじゃないっすか」
甲斐がケラケラ笑った。
「やべ……。笑ったら今覚えたもん、全部出そ……」
そう言って甲斐は慌てて鉛筆を持ちなおす。
光希は一度、息を吐きだした。
史苑の視線を感じて目を合わせると、優しくこちらを見てほほ笑んでいる。
「何かおかしなことがあったら、遠慮なく言ってよ、光希」
「はい」
今は受験勉強が一番。
背筋を伸ばしながら、最近やたら悪寒がするのは冷房が強いせいかもしれないと思った。
「霊を祓う方法だけ教えてあげる」
怜が言うと、甲斐がすぐに飛びついた。
「霊を祓う方法! すげえですね、さすが怜先輩、教えてください」
「光だよ」
「光ですか?」
「うん。光をやっぱり嫌うんだよ彼らはね。光希くん」
「はい」
怜が手を伸ばして、光希の頬に触れた。
「顔が冷たい。勉強のしすぎだと思うけど、顔色が悪いよ」
「大丈夫ですよ」
光希は笑ったが、怜は首を振った。
「ハギモリマリアの件があるから言っておくけど。この言葉を覚えておいて。光を思い出すんだ。光をイメージして。常に自分は光に包まれていると信じられたら、大丈夫」
光。
「あとは衝撃だよ。彼らは衝撃が嫌いだから。甲斐くんにはそれがいいかもしれない」
「は?」
「もし、甲斐くんが何かに取り憑かれたら、背中でもどこでもいいよ、バシッと叩いて追い祓えばいいんだ」
「痛そうっすね」
「痛いよ。取り憑かれているんだから」
「二種類あるんだね、祓う方法が」
史苑がまとめる。
「そうそう。だから、二人ともそのことだけは覚えておくように」
怜はそう言うと、さ、勉強しよう、と再び問題集に集中し始めた。
さすが怜だ。
集中するともうこちらの声は聞こえなくなる。
学習室で少しの間だけ会話をした後、再び静かに勉強を始めた。

