その好きは隠しておいてね

 日野がきょとんとして尋ねた。

「スマホって何ですか?」
「何ってとぼけちゃダメだよ。光希くんの写真をネットで売り捌いているの君だろ」
「あ、あの……。何を言っているのか意味が分からないんですけど」
「どうして日野だと分かったんですか?」

 光希が呆然として言うと、怜は机に肘をついて笑った。

「簡単だよ。聞き込みをしたんだ。寮生全員に」
「全員?」
「全員と言っても、今回寮に残っている生徒限定だけど。何人かが口を割ってくれて助かった」
「昨日、二人で寮内を回って聞いたんだよ。みんな怖がってなかなか打ち明けてくれなかったのだけど、ようやく犯人のユーザー名を聞き出すことができた。運がよかったのは、残っている寮生の中に、その名前を持っている生徒がたった一人だけいてくれたことだ」
 
 史苑が言葉を引き継ぐと怜が言った。

「プレアデス星団。最初はなんのことかなと思ったけど、和名はすばる。もうちょっとひねりが欲しい所だけど……」

 怜がクスッと笑う。そして、冷ややかに日野を見た。

「日野澄春。君の名前だね」

 光希が前田たちと会っている間に、二人はそんな事をしていたのか。
 自分のためにしてくれたのかと思うと嬉しさに胸が熱くなった。

「先輩、ありがとうございます」
「当たり前だろ」

 史苑が光希の頭を優しく撫でた。胸が熱くなった途端、指先がじんわりと温かくなった気がした。
 日野は冷めた目で光希を見ていたが、ふうっと息を吐いた。

「食事がまずくなりました。なんの根拠もないのにそんな嘘をついて、僕に訴えられても文句言えませんよ」
「何を言っているのか、全然意味が分からない」
「怜先輩……」

 怜は確実に怒っているような気がした。
 日野は目を細めると怜を睨みつけている。全く動じていない姿に光希はゾッとした。

「今すぐにやめるんだ」
「嫌だと言ったら?」

 怜と日野が睨みあっている。
 光希は、ハラハラしながら二人を見た。
 史苑が隣にいて光希の手を握ってくれていた。
 日野は突然立ち上がると、トレーをバンッと机に叩きつけてそれを置いたまま去って行った。
 食堂の中がシーンと静まり返っている。
 光希も胸がドキドキしたまま、隣にいる史苑を見た。

「先輩、いいんですか?」

 史苑が息をついた。

「俺たちは警告をした。後は本人次第だ」
「自首するのをオススメするよ。僕は、彼のしていることは犯罪だと思っている。どちらにしろ、またここに捜査の手が入ることは間違いないだろうけどね……」

 怜はけだるげに息をついた。

「はあ……。この世には、やっちゃダメな事だってあるんだよ。ちゃんとね」

 小さいひとりごとは誰に向けて言ったのか。
 光希は、怜を見て思った。

「光希」

 史苑に声をかけられて我に返る。

「ご飯食べてしまおう。それから、今日は俺とずっと一緒にいよう。いいね」
「あ、はい」

 日野が何かするかもしれないという意味だろうか。
 とにかく急いでご飯を食べてしまおうと思った。
 でもなんだろう。
 いろんな事を忘れているような気がしてならない。
 光希は食事をしながらどうしても思い出そうとして、考えがまとまらない事に気づいた。
 思考がまとまらない。
 こんなことも初めてだった。
 食事がなかなか喉を通らなかった。
 先に食べていた二人に、後から部屋に行きますと伝えて、一度、部屋に戻って鍵を開けていると、後ろに気配を感じて振り向いた。

「あっ」

 声を上げたが、相手の方が力が強く、強引に中へ連れ込まれた。
 なんか、これって前にもあったような気がする。
 そう思いつつ自分の部屋に入るなり、後ろからやって来た人物が人の部屋の鍵を勝手にかけた。

「ショウゴ……」

 ドアの前に立っていたのはショウゴだった。
 怖い顔がさらに怖い。

「あんた……。スバルに何したんだよ」
「……」

 やっぱりと思った。

「君は日野澄春と仲がいいのか……」
「あいつはやばいぞ。待てなんて聞けないし、他人がどうなろうとどうでもいい。前田が自殺未遂をした時だって、ざまあみろなんて言っていたし」

 それを聞いて思い出した。

「俺を見ていたのって、日野だったのか……」
「これ、見ろよ」

 ショウゴが自分のスマホを光希に見せつけてきた。
 それを見て光希は口を押さえて、サッと目を背けた。
 スマホの画像は、口に出すのも憚れるようなひどい恰好をさせられている。

「顔はあんただけどそれ以下は生成AIで加工されている。一番売れるんだって」

 光希は唇を噛みしめた。
 勝手に写真に撮られて顔だけを使われているんだ。
 情けなさと悲しみで涙が出そうになった。

「スバルは容赦ないぜ」
「何がしたいんだ……」

 その時、ドンドンっとドアを叩く音に二人が気づいた。

「光希、開けて」
「史苑先輩だ」

 光希が言うと、ショウゴが悔しそうな顔をした。

「あいつと別れると言え。それがスバルからの条件だ」
「なぜみんなあいつの言いなりなんだ? 弱みを握られているから?」
「そうだよっ」

 ショウゴが吐き捨てた。

「あちこちで隠し撮りされてるんだ。俺もそうだし、拓馬だってそうだ。あちこちにあるカメラはいつだって俺たちを監視してるっ」
「光希……?」

 史苑がドアノブをがちゃがちゃいわせている。それから少しすると静かになった。しかしすぐに、鍵ががちゃんと開いて寮父と史苑がドアを開けた。

「先輩……」

 史苑が中に入って来て、ショウゴから光希を庇った。
 光希は思わず史苑の背中のシャツをつかんでいた。

「ショウゴだったね。残念だけど、もう逃げることはできないよ」

 その言葉を聞いてショウゴがへなへなとその場に崩れ落ちた。床に手をついて嗚咽を漏らした。

「チクショウ……。チクショー……」

 歯をギリギリ言わせながら、彼はいつまでも呟いていた。