その好きは隠しておいてね


 前田の気持ちを思うと、どれほどの思いを彼は心に秘めていたのだろう、と思った。
 冤罪と言う言葉が重くのしかかった。

「警察には本当のことを言ったの?」
「……覚えていないんだ。痴漢呼ばわりされて、みんなとの入浴禁止にされた後、部屋から出られなくなって、その後のことはあんまり言いたくないよ……」

 その話になると前田の表情がどんどんと暗くなっていくのが分かった。
 それでも前田はその時の気持ちを少しだけ打ち明けてくれた。
 一色と光希は、前田の話を静かに聞いていた。
 話を聞き終える頃、前田の表情もだいぶ柔らかく落ち着いているように見えた。

「ありがとう。前田」

 光希はお礼を言った。

「え?」
「話すのもしんどくて、ここに来るのもつらかったと思うのに、教えてくれてありがとう」
「うん。でも、二人が聞いてくれたからすっきりした。こちらこそ、ありがとうだよ」

 前田は笑っていた。
 どうしてこんなに笑顔になれるのだろう。
 前田の強さを光希はうらやましく思った。

「藤崎くんはなにかと目立つ人だから気を付けてね」
「気を付けるってどういう意味?」

 光希が首を傾げると、一色と前田が顔を見合わせた。

「風早先輩と付き合ってるんだよね?」

 史苑の名前が出てきただけで心臓が飛び出しそうになる。急に顔が火照った。

「あ……うん」
「やっぱりそうなんだ」
「かっこいいもんね」

 前田がどんな気持ちでそれを言っているのかは分からなかったが、光希は恥ずかしさを紛らせようとコーヒーを飲んだ。だいぶぬるくなっていた。

「ここは男子校だから、まあ、そういう事もあるのかもしれないよね、と最初はすごく驚いたけど、史苑先輩なら分かる気がする」

 一色も偏見のない言い方をした。

「でも、やっぱりいろんな考えを持つ人がいると思うから」

 前田が付け足す。
 やっぱり。
 納得していないと感じている生徒もいるという意味だろうか。

「光希くんは1年生の時から史苑先輩と付き合ってたよね」
「う、うん」
「1年の間ですごく噂になっていて、うらやましいって思う子がけっこういたんだ」
「そうなんだ……」

 当然だと思う。自分が逆の立場なら同じように思ったはずだ。
 やっぱり恨まれている線が強い気がして、光希はちょっと怖くなった。

「俺を恨む奴もいるよね」
「え? どうしてそう思うのさ、逆だよ」
「……ん?」

 光希は眉をひそめた。
 そう言えば、怜も同じような反応をしていたような事を思い出した。

「史苑先輩は雲の上の人みたいで確かにすごくかっこいいけど、藤崎くんは中学の頃から目立っていたから、高校になって近づきたいって思った子たちもいたと思うよ」
「風早先輩に先を越されたって思う子もいたんじゃないかな。光希くんもかっこいいから」

 史苑の隣にいるとどうしても霞んでしまうと思っていたから、びっくりした。
 二年生に上がってからは身長もかなり伸びたので、褒めてもらえると嬉しい。

「まわりがそんな風に思ってくれていたなんて嬉しいよ。俺は先輩を尊敬しているから、隣にいても恥じないようにしたいとは思っていたんだけど」

 話が自分の事になると背中に汗を搔いた。

「もう、俺のことはいいよ。せっかく前田が来てくれているんだから、前田の話が聞きたい」

 話題を変えて前田に話を振ると、ぽつぽつと今の状況などを話してくれた。
 それから前田のご両親が迎えに来てくれたのでそこで別れた。
 車を見送って一色と一緒に帰ろうと駅へ向かった。
 前田の姿が見えなくなってから、急に一色の顔から表情が消えた。
 きっと、さみしいのだろうな、思った。
 電車に揺られている間も一色は話をしなかった。
 寮へと向かいながらも、光希は、一色の気持ちを思って、そっとしておいた。
 学校へ着いて寮の中へ入ると何となくどんよりとした空気を感じて、光希は驚いた。

「藤崎くん、どうしたの?」

 突然、立ち止まった光希に気づいて、玄関で靴を脱いでいた一色が振り向いた。

「いや、何でもないよ」

 自分がおかしいのだろうか。
 休暇中で生徒の数は少ないはずなのに、何となく空気が重々しい。
 実家に帰った生徒たちが、家に帰りたいとか、もう学校に行きたくないとか思っている生徒たちのどんよりとしたエネルギーのようなものが流れているのか。
 光希は不思議と息苦しさを感じた。
 
「もうお昼だね。じゃあ、僕は部屋に戻るよ。藤崎くんも気をつけてね」
「あ、ああ。今日はありがとう」

 一色がとぼとぼと階段を上がっていく。
 その後ろ姿を見て、ハッとすると光希は思わず彼の肩をつかんでいた。

「一色!」
「……何?」
「煙草吸ってるんだよな」
「……は?」

 一色の顔色がさっと変わった。

「どうして知ってるんだよ……」

 急に一色の声色が変わり、光希は驚いた。

「あ、その……」
「ちょっと来てっ」

 一色は、光希の腕をつかむといきなり階段を駆け上がった。
 光希は抵抗しようとしたが、思いのほか彼の力は強くほどくことができなかった。