その好きは隠しておいてね


 翌朝、光希は点呼までに部屋に戻り、その後、朝食を済ませると、前田の両親が荷物を引き取りに来るので挨拶をしたいと思い、寮父に頼んで一緒に待っていた。
 前田の両親は光希も出迎えたのが嬉しかったようで、手伝いもさせてくれると部屋の中に入れてくれた。残っている荷物はあまりなく、洋服と机の中身や洗面道具など段ボール箱に入れると一時間もかからずに終わった。階段の上り下りが大変だったので、残っていた寮生に声をかけて運んでもらうよう頼んだ。
 生徒が手伝ってくれたので、すぐに荷物を玄関へ運び出せた。部屋の掃除もしてあらかた綺麗になると、前田の両親は寮父と光希たちにお礼を言った。

「あなた、藤崎……くん?」

 最後の挨拶の時、前田の母親から声をかけられた。

「あ、はい」
「和明があなたのことを話していたの」
「え?」

 その時、玄関の外から誰かが走って入ってきた。勢いがすごかったので、前田の母と光希がびっくりしていると現れたのは一色拓馬だった。

「一色……お帰り」
「あの、前田くんのお母さんですかっ?」

 一色は、はあはあと息を乱していたが、必死に見えた。

「え、ええ」

 前田の母親が戸惑う。

「前田くんから俺にメッセージが来て、こっちに来てるって聞いたから急いで帰って来たんだ」
「……え?」

 一色の言葉にびっくりする。前田と一色は面識があったのだ。

「和明があなたに連絡をしたの?」
「はい。今日、ここに来ているんですか?」
「あの……」

 前田の母が光希をちらりと見る。光希は、ハッとすると挨拶をしてその場を離れようとした。すると、一色が光希を呼び止めた。

「待って藤崎くん」
「え?」

 光希が足を止めると一色は前田の母に向かって頭を深く下げた。

「前田くんに伝えてください。助けてあげられなくてごめんなさいって」

 その言葉を聞いた途端、前田の母が口に手を当ててくしゃりと顔を歪めた。

「どうして……」
「僕、前田くんとは仲が良かったんです。前田くんはそんな事をする人じゃないんです。もっと強く違うって言えたらよかったのに、何もできなくて本当にごめんなさい。今でも僕は前田くんはそんな事をしていないって信じています」

 前田の母は泣きだしてバッグからハンカチを取り出して目元を拭いた。

「ありがとう……。和明に伝えるわ」
「はい……」

 一色と光希は、前田の母を校門まで見送るために一緒に玄関を出た。
 光希は驚きすぎて一色の顔ばかり見ていた。
 二人は友だちだったのか。全然気がつかなかった。自分も前田のために何もしてあげられなかったことを今更だが後悔した。
 学校内の駐車場に車を停めていたらしく、前田の父が荷物を運び終えて待っていた。光希は後部座席に前田がいるのではないかと思った。スモークフィルムでほとんど見えないが黒い影が中で動いたような気がした。
 もう一度挨拶をして、前田の車を見送る。
 一色と寮に戻る時、彼は静かだった。

「間に合ってよかったな」
「え……? うん」
「前田の連絡先を知ってたのか?」
「寮にいる時はメッセージのやり取りをしていたんだけど、あの事件が起きてからは全然繋がらなくて。それで、昨日、実家に戻っていた時に連絡が来て驚いたんだ」
「昨日……」

 おそらくここに来ることが決まってから、前田は、一色に連絡をしようと思ったのかもしれない。

「寮に荷物を取りに戻るから。これで最後かもしれないって書いてあって、慌てて帰省してきた」

 一色はそう言いながらへへへと少し笑った。

「飛行機とか大変だったんだけど、帰って来てよかった」
「うん……」

 玄関に入り靴を脱いでいると、一色のショルダーバッグからスマホが鳴り出した。一色が急いでそれを取り出すと急いで電話に出た。

「もしもしっ、前田?」
「えっ?」

 光希もそばに近寄って様子を見守った。一色は何度か頷きながら、分かったすぐに行くと言ってスマホを切った。

「藤崎くん、前田から電話があって、まだ近くにいるから会って少し話がしたいんだって」
「えっ、俺もいいの?」
「うん。君にも聞いて欲しいって言ってた」
「行く。今だよね」
「うん。近くの映画館は人が多すぎるから、駅を一つ乗り継いで下りた場所に喫茶店があるんだって。ご両親は買い物に行ってくるからその間だけ、話ができるって」
「俺もバッグ取ってくる」
「僕も荷物を置いてくるね」

 一色は玄関にある時計を見た。

「10時半にここに集まろう」

 二人は急いで自分の部屋に戻り、光希は財布とスマホをショルダーバッグに入れた。鍵をかけて階段を下りる。
 今日は史苑とは約束をしていないが、簡単にメッセージだけ送った。
 外出名簿に名前を書いて二人で校門へ向かった。駅に着くとちょうど電車が来たので乗り込み、一つ隣の駅で降りた。
 改札を抜けると前田が立っていた。

「前田っ」

 一色が駆け出して前田の肩をつかんだ。

「ごめんっ。僕、本当に君が心配で……」
「一色くん」

 前田はかなりやせ細っていたが顔色はだいぶ良かった。光希を見ると軽く頭を下げた。

「前田、俺もごめん。何もできなくて」
「ありがとう二人とも。でも、大丈夫だから、俺、もう一度学校へ行くことにしたんだ。実家から通えるところで、通信制にしようかなとも思ったんだけど、普通科に入れそうだから、また高校に通うようになると思う。もう二度と失敗はしないよ」
「前田は何もしてないよっ」

 一色が必死になって言うと、前田はやるせなく笑った。

「大丈夫。あんなへまはしない」

 気になる言い方に光希は眉をひそめた。

「本当のことを君たちだけでも伝えたい」

 前田はそう言うと、あそこに入ろうと二人を促した。