その好きは隠しておいてね

 犯人のスマホを持っている玲を心配すると、史苑は真顔で顔を寄せると小さい声で訊ねた。

「光希……」
「え?」
「思ったんだけど、怜に嫉妬したりとかしないのか?」
「嫉妬ですか……?」

 怜と史苑はずっと同じ部屋だ。最初は史苑の片想いの相手だと思っていたが、そうじゃなかったことが分かり、今は嫉妬のような気持ちはない。

「先輩たちは友だちだから、信用しています」
「俺は、甲斐に嫉妬するけどね」
「えっ」

 史苑が嫉妬するなんて想像もつかなかった。光希は慌てて言った。

「甲斐は友だちです。先輩と怜先輩と似たようなものですよね」
「分かってるけどさ」

 史苑が苦笑する。

「光希、いつも俺から頼んでばかりなんだけど、ルールを一つ追加してもいい?」
「いいですよ」

 史苑からの頼み事は嬉しい。

「光希が卒業するまで、できるだけ我慢するつもりだけど、キスだけは許して欲しい」
「……へ?」

 目を閉じてと言われて急いで目を閉じる。唇に軽く触れて史苑がキスをしたのだと分かった。
 一度、唇が離れて光希は息を吸い込んだ。ドキドキしすぎて息を止めてしまっていた。史苑はもう一度、キスをしてきて光希は思わず史苑のシャツを握り締めていた。

「光希……」

 気づけば史苑と抱き合っていて、光希はぼんやりと目を開いた。
 史苑はいつもと変わらない。光希にとっては初めてですごく気持ちがよかった。
 先輩のキスがうまいのかどうかなんて全く分からないが、史苑にキスしてもらえてると思うだけで幸福感でいっぱいになる。そう思っているうちに、あれ、と一瞬、何かが頭をよぎった。

「先輩って……もしかして誰かと付き合ったことがあるんですか?」
「え?」

 突然、目を覚ました光希に史苑がびっくりした顔になる。

「いきなり突然だね」
「だ、だって、俺キスなんて初めてで……」
「あー、隠す必要がないから言うけど、誤解しないでよ」

 そのセリフに胸がざわッとした。

「は、はい」
「中学一年の時、付き合ってた。過去の話だよ。今はただの友だちだから」

 恋人がいたんだ。しかも、中学一年生の時だなんて。

「ませてたんですね」

 光希が少しムッとすると、史苑は苦笑した。

「俺が中高一貫校に行こうと思ったのは、小学生の時から女の子たちのキャーキャー言う声とかが苦手だったからだ。男同士の方が気楽だったし、兄や姉の勧めもあって、大学に入るのにも集中できると思って選んだ」
「はい」
「俺は多分、女の子が苦手なんだと思う。光希はどうだった? 好きな女の子はいた?」
「俺は……」

 小学生の頃もずっと家の事で悩んでいたし、女の子に興味を抱いたことはなかった。それどころではなかったのかもしれない。

「あんまり記憶がないです」
「初恋の相手は女の子?」
「初恋?」

 初恋なんてあっただろうか。クラスの女の子を見ても何も感じなかった。

「初恋は覚えていません」
「俺は小さい時から女の子には興味がなくて、ここの中学に入ったら、同じ寮の子に告白されたんだ。あんまり考えもせずに付き合った」
「そうなんですね……」

 見たこともない人に対してモヤモヤした気持ちが生まれてくる。
 どんな人なんだろうと興味が湧いた。その人とキスはしたんだな、と思うだけでガリっと嫌な気持ちが胸をえぐっていく。

「中学一年の話だからね。彼とは一年くらい付き合っただけで別れたよ」
「今もいるんですよね。どんな人ですか?」
「うーん、あんまり教えたくないかも」
「どうしてですか?」
「だって、比較するだろ」
「比較なんて……」

 する? かも。絶対に比較しません、と言う自信はなかった。

「俺の中学一年の頃と今の姿は全く違っているし、価値観だって変わっている。そうだ。中一の時の写真見る? 別人だよ」
「写真あるんですか?」
「たぶん」

 史苑がスマホから写真を探してくれる。ワクワクしながらそれを見させてもらった。今よりも髪は少し長めだ。目元はくっきりとした二重だったが頬は少しふっくらして、つやつやしている唇と鼻筋の通った美少年だ。光希は目を輝かせた。

「めちゃくちゃ可愛い!」
「そう?」

 史苑が笑う。

「これ、もらえませんか?」
「いいよ。送ってあげる」
「やった」

 スマホに送ってもらい、嬉しくてたまらない。にこにこしながら写真を見ていると史苑が言った。

「何だか、過去の俺に嫉妬しそうだよ」
「俺はどんな先輩でも好きになると思います。きっと」

 笑いかけると、またキスをされた。さっきまで笑い声がしていた部屋がシーンと静まり返り、光希は心臓の音が大きすぎて史苑に聞こえるのではないかと思った。
 光希がスマホを握りしめたままの数分後、史苑が言った。

「ごめん……。寝る時は俺の部屋でもいい?」

 光希は唇がしびれて声が出せないでいると、史苑が続けた。

「誰かがいてくれないと歯止めが利かなくなりそうだから」
「は、はい……」

 甘える猫のように光希は史苑の胸に額をこすりつけて答えた。