その好きは隠しておいてね

 怜が物騒な言葉を放つ。

「な、何もそこまでしなくても」
「廊下の明かりを消しただけでいいだろ」

 史苑も呆れたように言う。

「真っ暗な中にいる幽霊ってのに、遭遇したかったんだけどね」
「怜」

 史苑が真面目な顔で叱る。光希は怜が怖くて少し史苑に近寄った。

「真っ暗だと何も見えなくないですか?」
「真っ暗だったらぼうっと光るかもしれないじゃないか。だって僕は本物の幽霊を視た事がないからね」
「ブレーカーを落とすのはやはり危険だね」

 少し考えていた史苑が呟く。

「消灯時と同じように明かりを消すことはできる」

 寮父の部屋には各階の明かりをつけたり消したりするスイッチがある。ブレーカーを落とすよりリスクは少ないかもしれない。

「廊下の明かりを消してみよう」

 という事で、寮父にばれないように四階だけ廊下の電気を消してみる事にした。史苑が寮長をしていた時、寮父の代わりに消灯の手伝いをしたことがあるらしかった。
 寮父はちょうど食堂の手伝いをしていて不在の時間だ。
 彼が寝泊まりする個室は鍵がかかっているが、明かりのスイッチがある部屋は常に開いている。
 史苑に電気の件は頼んで、光希と怜が四階の北側と東側に分かれて明かりが消えた後、反応があるかを確認することにした。
 本当なら部屋の明かりも消したいところだが、寮が大きいためブレーカーを落とすのはやはり危険な気がした。室内にいる生徒たちや入浴中の生徒たちに何かあるとまずい。
 時刻は20時近くで外は真っ暗だ。廊下が消えれば何かしら動きはあると思う。
 怜と史苑がスマホで連絡を取り合い、光希は北側の部屋にじっと目を凝らした。パッと廊下が真っ暗になる。部屋にいる生徒が少ないので、四階自体が暗くなった。すると、怜が見張っている東側の方から甲高い悲鳴が上がった。

「う、うわああああああああ……。た、助けてーっ」

 光希は耳を塞いだ。
 や、やり過ぎでは、と思いながらも廊下の明かりがパッとつく。怜がその悲鳴の上がった部屋に向かってドンドンとドアを叩いた。

「おいっ。大丈夫か? 何があった」

 中で何が起きたのだろう。光希も駆けつけるとその後から史苑がやってきた。一階から駆け上がって来たのだろう。
 ドアには施錠がしてあったのだろうか、突然、鍵が開いた。ハッとして怜がドアノブを握りドアをゆっくりと開けた。
 中は明かりがついているはずなのに、ひんやりとしていた。冷房をつけていたのだろう。その割に快適なというよりも冷たいくらいに部屋が寒い。そこに制服を着た少年が腰を抜かしてスマホを放り投げていた。
 黒いスマホの近くに血を流した若い女性が立っていた。ほどけた髪が黒々として、足は裸足でスカートは破れていた。半そでの灰色のシャツを着ていたが背中はぐっしょりと黒く変色して、顔は撥ねられた時の状態なのだろうか、言葉にすることは難しい。
 口は形をとどめていてにやりと笑うと、つぶれていない目で光希をまっすぐに見つめた。彼女が何か言おうとして、顔が歪む。声が出ないようだった。もがくように喉を押さえて何かを訴えようとしていた。

「光希」

 史苑が隣に来ると背中から支えてくれた。腰を抜かしている少年がドアの方へ逃げ出そうと這って動き始める。
 怜が落ちたスマホを手に取った。
 ハギモリマリアであろうと思われる幽霊が怜を見た。

「あなたがハギモリマリアさんですね」

 怜の質問に答えず、彼女は恨めしそうに睨みつけてスーッと消えていった。

「あっ、待って」

 怜が引き止めたがすでに彼女はいない。部屋の温度が少し上がったような気がするのはきっと気のせいだろう。史苑が窓を開けたため、生ぬるい風が通り抜けていった。
 史苑がしゃがんでいる少年に話しかけた。

「大丈夫かい?」

 少年はこくこくと頷きながら、ありがとう……ございます、としゃくりあげながらお礼を言った。

「一体何があったの?」

 史苑の声は優しかったが、芯では怒っているような感じがした。少年はびくっとして光希をちらっと見た。目を逸らす。
 史苑が大きくため息を吐いた。

「詳しく説明してくれる?」
「はい……」

 少年は部屋の中をキョロキョロして、いつまたハギモリマリアが現れるのだろうとびくついているように見えた。