「言いにくい?」
「いえ……」
光希は手の中でジュースをくるくる回した。
「母が父の事をすごく好きなんです」
「へえ……。珍しいね」
「そうなんですか? 幼稚園くらいの頃からなんで、それが普通だと思ってました」
「そうか。うちも普通だよ。父が海外出張などが多いからあまり家にいなくて、母もよく海外に行ってる。だから、うちの兄や姉に育てられたようなものかもね」
「そうなんですね……」
自分の家と大違いだと思う。
「父はよく俺の事を気にかけてくれます。幼稚園とか小学生の頃は、お弁当とかは父が休みの日とか作ってくれるんですけど、母は父がいる時にしかお弁当も作らないので……。家にいても両親に相手にされなかったんです」
「それは……辛かったね」
史苑の一言に光希は顔を上げられなかった。目が潤んで痛くなって涙が溢れそうになった。
「……はい」
小さく言って鼻をすすった。小学生の頃に母にはあまり好かれていないことに気づき、中高一貫校の寮に入りたいと父に頼んだ。
「お父さんはいいって言ってくれたの?」
「はい。親戚が……、あ、父の兄なんですけど、親戚の伯父から話をしてくれて、中学には家を出ることができました。実は中学から夏休みとか冬休みは伯父の家に行くんです」
「え……」
誰にも言っていなかったが、家には全くといっていいほど帰っていない。伯父の家には年上の従兄姉がいて仲がよかったが、親戚とはいえ長居するのは気が重かった。
「だから……。大学もどこか寮とかに入るつもりではいました。どこへ行きたいかとか、まだ全然、考えていなかったけど」
「光希……」
史苑が、無理に笑う光希の涙をそっと拭いた。
「俺も頑張って大学に入る。そしたら、一人暮らしするから、光希が三年になったら休みは俺のところに来てよ」
「……はい」
大好きな人にそう言ってもらえると嬉しかった。泣いていると息が苦しい。光希は笑って涙を拭いた。
「父にお願いしてみます」
「その時は俺も一緒に行く」
「え?」
どういう意味だろうと首を傾げた。
「光希一人で頑張らなくていいよ。俺も一緒に言うよ。ご両親を説得できるくらいしっかりするから」
「先輩はどうして……」
「ん?」
「俺にそんなに優しくしてくれるんですか?」
「え、どうしてって……」
史苑が少し考えるように顎を撫でた。
「初めて寮ですれ違った時、忘れられなかったんだ。この子と話がしてみたいって思って、それから話しかけなきゃって思ったな。あの時の気持ちから今の気持ちは少し変わったかもしれないけど、光希が何を思っているか、悩みとか不安とかあったら言って欲しいなと思う」
「勉強が大変なのに……」
「光希が悩んでいる姿を見る方が、気になって勉強どころじゃないよ。だから、何でも言って欲しい」
史苑の目は優しくていつも穏やかな顔をしていた。
「俺も……。先輩の役に立てる後輩でいたいです」
そう言うと、史苑が少しだけ悲しそうな目をした。ポンポンと頭を撫でられた。
「俺の兄は年が離れているからケンカとかしないんだ。なんでも俺を優先してくれて優しくて。姉はしっかり者ではきはきした人なんだ。光希は一人っ子だから、たぶん相談相手もいなくて、全部自分で解決してきたんだろ? 徐々にでいいから、何でも相談してよ」
はい、と答えられたか覚えていない。でも、こんなに素敵な人が自分を好きだなんて。
光希の心の扉は固く閉じたままで、史苑といると夢のような、どこかふわふわした気持ちがあった。
それが何か分からなくて、光希は声に出せず頷いた。

