四月の始め、一年生も入寮して間もない頃だった。
この寮で警察が介入する痴漢事件が勃発した。
加害者は前田和明。
事件の場所はお風呂場で、前田がある生徒の裸を執拗に見ていた、とその場にいた学生が訴えたのだ。
前田は見ていないと全面から否定した。
風呂場には複数の学生がいて、そのうちの二人が前田はそんなことはしていないと言った。しかし、最初に声を上げた一人の生徒が、自分は目の前で見ていた。間違いなく、前田は痴漢行為をしていたと強い口調で訴えたため、かばっていた二人は自信喪失し、自分たちはよく見ていなかったかもしれない、と曖昧な表現に変わってしまった。
そこで、前田の行動は痴漢行為とみなされ、他の学生と一緒に入浴をすることを禁じられたのだが、前田はこれにより心身を傷つけられた、と不登校になってしまい、部屋から出られなくなってしまった。
ここまでは寮内で治めた事件だったのだが、ある日、前田が寮の部屋で自殺未遂をしてしまう。
痛み止めの錠剤を一瓶飲んで自殺を図ったのだ。食事を運んだ時に寮父がすぐに気がつき、救急車と警察を呼び、大騒ぎとなった。
前田は一命を取り戻したが、そのまま学校を退学し、それ以降、寮でおかしな現象が起こるようになった。
「俺は、幽霊騒動は信じてない」
甲斐が言った。
「俺も幽霊はいないと思っている」
同じく光希が答えた。
Mという人物からの相談に乗ろうと思ったのは、前田のMとメールのMが同じイニシャルであった事と、痴漢事件の後、不安でたまらないという生徒からの相談が一気に増えたせいでもあった。
寮には初めて親元を離れた子たちが百人以上もいる。
一年生は寮に入って、まだ数日しか経っていない。
この事件は、寮ができてから前代未聞だと聞いた。光希の学校は設立されたのが昭和三十年頃で、進学校として名を轟かせてもいる。
全国から来る学生たちのために、寮もリノベーションしたばかりだった。しかし、古くからある土地はもともといわくつきだという噂もあり、様々な幽霊の話は前から多く聞かれた。
馬に乗った落ち武者姿の幽霊。足のない血まみれの男子学生。包丁を持ってうろうろしている女性の幽霊などなど。
不審メールの怪奇現象は聞いたことはないのだが。
「犯人は一体誰だ? それにしても光希もよく一人で玄関前に行ったりするよ」
甲斐が呆れたように言った。
「俺たちのやるべきことは犯人探しじゃない。勉強なんだ」
「うわ、つまんねー」
甲斐がからかうように言った。それを聞いて光希がじろりと睨んだ。
「ここは進学校だぞ。なんのために寮に入ってる」
「まあね」
偏差値も他の学校よりもかなり高く、名門大学へ入れるために親元から離されたお坊ちゃんだらけの学校でもある。
皆、真面目な生徒が多く、スポーツより勉強に力を入れている。
朝早くから進学勉強と言われることもあり、ストレスもたまりやすい。たまに寮生以外の地元人が食堂などへ入ってくると、出ていけコールが起きたりする。
言葉通り、よそ者は寮の中に入って来るな、というストレス発散の叫びだったりする。
「たまにストレス発散させる必要はあると思うけどね」
「それとこのメールは別だ」
光希は、メールは消さないようにして、スマホに残された番号だけは控えておいた。
「どうするの? 犯人探しするのか?」
「このメールの相手が何を考えているのかまだ分からない。様子を見るよ」
光希はそう言うと、朝の点呼に出るために甲斐を促した。
「甲斐、点呼に行こう。遅れる」

