「あの、一度、息を吸ってもいいですか?」
「うん」
史苑も照れくさそうにして離れる。光希は恥ずかしくて顔を上げられなかった。どうしよう。まず、何をしたらいいだろう。
「こ、こここれからどうしたらいいですか?」
「いいってどういう事?」
「恋人のフリをするために、ルールを決めたじゃないですか」
「ああ」
史苑は深く頷いた。
「その前に大事な話があるんだ。光希、大学に行くつもりだよね」
「あ、はい。一応」
「俺と一緒の大学行かない?」
「え?」
史苑の口から誘われると飛び上がりたくなるほど嬉しかった。行きますっと言いたいが、今のレベルでは難しい。でも、できればついて行きたい。
「行きたいです。でも、今の俺じゃちょっと難しいので……。でも、これから必死で勉強します」
「もし、無理だったとしても、その……。同じ関東地区に住んでいるから、光希が嫌じゃなかったら……」
史苑がもごもご言うのを光希は初めて見た。今までと違う姿にドギマギする。
「俺、大学は一人暮らしするつもりなんだ。それで、光希と一緒に住めたらいいなって、考えてるんだけど……」
「へっ? そ、卒業後の話ですか?」
「ああ」
「お、俺と……?」
「ああ。光希が嫌じゃなければ」
「嫌じゃないですっ」
光希は思わずぐいっと史苑の方へ身を乗り出してしまった。
「い、一緒に住みたいですっ」
両手を組んで懇願するように言うと、史苑がホッとした顔をしたので、嬉しさのあまり笑顔になった。史苑は、光希の笑顔を見て目を丸くした。
「びっくりした……。笑うとそんな顔になるんだ……」
どんな顔をしていたのだろう。自分では見ることはできないが、今までずっと気持ちを隠すために必死だったから、それをしなくていいのかと思うと、にやけてしまいそうになる。
光希の一変した姿を見て、史苑がちょっと戸惑ったような声を出した。
「すぐにばれそうだね」
「何がですか?」
「俺たちの関係だよ」
「今まで通りですよね」
「うん。でも、どうして俺があんなルールを決めたか分かる?」
「もちろん。カモフラージュのためですよね」
光希が自信満々で言うと、史苑がハハと苦笑した。
「どちらかというと、俺のため……」
「ただいまー、と、うわっ」
突如、ドアが開いて甲斐が元気よく帰って来た。史苑と光希がドアの付近に立っているのを見てのけぞった。
「な、何してんの? 二人で」
「お帰り、甲斐」
史苑がいつも通りのポーカーフェイスに戻る。光希は少し驚いた。切り替えが素早い。それにさっき史苑が言いかけた言葉が気になって仕方なかった。
「遅かったね」
「映画行って来たんすよ。面白かった。今度、二人も行って来たらいいですよ」
「何観たの?」
史苑の質問に甲斐が興奮して答える。
「今週の金曜日から公開の新作アニメでー。先輩、アニメ好きですか?」
「んー、あんまり興味ないかな」
と二人で新作映画の話をし始める。甲斐の口から出た、好きという言葉にドキッとした。また、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。
「光希、そろそろご飯に行こうか」
「あ、はい」
「俺も行くから待ってて」
甲斐が荷物を部屋に置きに入った。史苑は部屋の外へ出て光希もさりげなく廊下へ出た。甲斐が出てくるまでのほんの数秒の間もドキドキしていた。
「お待たせー」
甲斐が廊下に出てきて部屋の鍵をかける。甲斐と史苑がまた映画の話をしながら歩き始めた後ろを光希は黙ってついて行った。

