その好きは隠しておいてね

「五月の二週目まではゴールデンウイークだから、三週目以降になるだろうね」

 トイレが直るまでハギモリマリアは大人しくしてくれているだろうか。

「ゴールデンウイークの休みは長くて五日ほどだから、帰省しない生徒もいるだろうけど、あんまりここに残ることをみんなに言わないようにね」
「え? どうしてですか?」
「だって、光希を狙っている誰かがこの寮にはいるようだから。誰なのか分かればいいのだけど」
「怜先輩はなんて言っていました?」
「そうそう。その話をしに来たんだった。いろいろあぶり出す方法はあるけどって。でも、俺はしたくない」
「そうなんですか?」

 あぶり出す方法って何だろう。

「例えば?」
「光希が囮になる方法。でも俺は反対。光希を危険な目にさらすわけにいかないから」

 史苑が首を振ってそれはしない、と言うのを見てドキドキした。

「俺、大丈夫ですよ」
「しないって言ったろ。ハギモリマリアに接触するのが一番だと思う」
「そこまでしなくていいですよ。先輩の受験勉強の方が大事です」
「受験勉強か……。そうだね」

 史苑がふうっと息を吐いた。

「光希、大学どこに行きたいか決めているのか?」
「あ……。いえ、まだ、特には」
「親からあそこに行けって言われたりはしない?」
「言われたことはないですけど、たぶん、関東の大学に進学するとは思います」
「あのさ……」
「はい」

 史苑がなんだか(かしこ)まって自分を見ている。光希は何だろうと疑問をもちながらハッとした。
 もしかして、一緒の大学には来て欲しくないと思っているのだろうか。光希は、あわよくば同じ大学に行きたいと思っていた。でも、史苑がそれを望んでいないのなら。

「大丈夫ですっ」
「何が大丈夫なんだ?」
「その……」

 先輩と同じ大学は行きませんからなんて、そんな失礼な事、言えるわけがなかった。一緒の大学に行きたい。でも、本人を前にして後を追いかけたいです、なんて言ったら、今の関係をソッコー解除されそうな気がして、急に怖くなった。

「あ、いやその……。すみません。やっぱり今日は喉が渇いて……」

 机に置いてある炭酸飲料をまた手に取ってごくごくと飲んだ。少しだけ抜けた炭酸と甘ったるい味が舌に残った。

「部屋が少し暑いんじゃないか?」
「窓、開けます」

 光希が言って窓を開けた。史苑は窓の外を眺めていたが、おもむろに顔をこちらへ向けると机に置かれたペットボトルを手に取った。

「俺も喉が渇いた」
「え……」

 そう言って光希の飲みかけを全部飲んでしまった。

「ごめん、全部飲んだ。炭酸なんて久しぶり。少し甘いな」

 唇を舐める姿を見てから光希は目を逸らした。何か言わないと、と焦る。

「先輩、今度、違うやつ買ってきてくださいよ」
「了解」

 史苑がにやっと笑ってから、真顔になった。

「大学の話なんだけどさ……。いくつか行きたい大学があって」

 と史苑がさらりと名門大学の名前をいくつか挙げていく。
 かなりレベルが高い。追いかけるどころじゃない、と知らされて自分の考えの浅はかさに愕然とした。

「光希?」
「あ、はい」

 いつの間にか黙り込んでいたようだった。今のままだと、同じ大学など行けるわけがない。自分と差を見せつけられた気がして呆然とする。

「甲斐、戻って来ないな」

 史苑がポツリと言った。

「あ、そうですね」
「夕食一緒に行くか?」
「先輩」
「うん」
「さっきまで学習室でずっと勉強していたんです。少しだけ横になってからご飯行こうかなって思って」
「そうか。分かった。俺はハギモリマリアに接触しようと思うけど、いい?」

 ハギモリマリア。史苑は優しい。自分の受験もあるのに、光希の事ばかり気にかけてくれて。

「怜先輩とですか?」
「たぶん」
「お願いします」

 光希はぺこりと頭を下げた。

「うん、分かった」

 史苑が頷いて立ち上がると光希の肩を叩いた。

「心配しなくていいよ。俺と怜が好きでやってることだから」
「はい」

 こくんと頷いてから、史苑を見た。

「あの、今日はいつもより早く寝ようと思うんです。だから」
「ああ。ゆっくり寝ろよ」
「はい」

 じゃあね、と史苑は自分の部屋に戻っていった。
 一人部屋に立ち尽くしたまま、頭を整理しようと思った。