その好きは隠しておいてね


 怜が部屋を出て行って二人きりになると史苑は立ち上がりベッドに座った。
 光希はいつも通り平常心を装うつもりだったが、また史苑を意識してしまい、何を話せばいいか分からなかった。

「あの……何か飲みますか?」
「喉は渇いていないからいいよ」
「はい」

 どうしよう、何を言えばいいんだろう。

「ねえ、どうして家に帰らないんだ?」
「え?」

 史苑が急に質問をしてきて面食らった。

「家にですか?」
「うん。休みでも帰っていないよね」
「あー、そうですね」

 光希はどうやってこの話をはぐらかそうかと気持ちを切り替える。

「あー、俺、居場所がないんですよ」
「居場所がない? 兄弟がいるの?」
「一人っ子です」
「そうなんだ。意外だ」
「先輩、俺の話なんかいいじゃないですか」
「どうして? 俺は光希のことが知りたいんだけど」
「俺の話はあんまり面白くないんですよ」

 今日に限ってどうして史苑はしつこく聞いてくるんだろう。

「また今度にしませんか」
「……分かった」

 怒らせただろうか。でも、この手の話はしたくなかった。
 光希は下を向いて手をもじもじさせた。

「先輩、ゲームします? スマホゲーム、俺、今はまってるのがあるんです」

 そんなものないのに嘘をついてスマホを取った。そして、ギクッとした。

「あ……。メールがきてる」

 ハギモリマリアからメールが入っていた。

「どれ?」

 史苑が立ち上がって光希の傍らに立った。メールを覗き込む距離がいつもより近い気がした。変に意識している自分の気のせいかもしれなかった。

「見せて」

 史苑がスマホを受け取って内容を確認した。史苑はいつもと変わらない。

「『藤崎寮長へ メールをありがとう。私は惨めな死に方をしたみたいね。でもね、知っていたわよ。それより面白い情報を教えてあげる。だから、一度、私と会わない?』だって」

 読み上げて史苑が光希を見おろす。

「ぜ、絶対に嫌です」

 光希は即座に断った。

「だよねえ。俺もちょっと怖いかな。俺が返事をしてもいい?」
「どうぞ」

 史苑はさらさらと文章を書いた。光希は後ろからそっと眺めた。

『会うのはちょっと勘弁して欲しい。それに君はこのスマホなら悠長におしゃべりできるようだが、幽霊の姿だと自由が利かないんじゃないだろうか。だから、会話はこのスマホで頼みたい』

 すぐに返信が来る。

『あなたの言う通りかもしれない。それで? 霊道は見つかったの?』
『見つけるのは難しい。月曜日に修理が来るだろうが、まずは見積りをたててそれからになるだろう。その上、ゴールデンウイークを挟むから時間はかかる』

 光希は、史苑を見ながら、メール打つの早いなあと思った。それからハギモリマリアの返信が止まった。

「諦めたのかな」
「考えてるんじゃないか? そもそも彼女はどこへ向かおうとしているんだ。霊道ってどこへ繋がっているのか。考えたって俺たちには分からない世界だけどね」

 ハギモリマリアはこの世を彷徨(さまよ)っているのだろうか。でも、ここに居つかれると困るのだけど。

「先輩、俺気になることがあるんです」
「何?」
「このハギモリマリアさんに送っているメール。このスマホの持ち主は、このメールを読まないのかな」
「そうだよな。俺もそれは気になっていた。しかも、光希のスマホとやり取りしているんだから……。一体、どうなってるんだろう」

 最後の言葉は独り言のようにも感じた。そうするうちにまたメールが来た。

『長い休みが挟まるのなら仕方がないわね。時々メールをしてもいい?』

 友だちじゃないんだけど……。
 史苑はどう答えるのだろう。

『俺たちは受験があるから、あんまり相手をしてあげられないよ』
『藤崎寮長の顔なら分かるわよ。このスマホの画像が彼ばかりで。とってもかわいい顔をしているわね』

 光希と史苑が一瞬黙り込む。光希は驚きのあまり、声を失っていた。史苑がすぐに返事を書いた。

『そのスマホがどこにあるか教えてくれる?』
『またね』

 ハギモリマリアが一文を寄こして、メールが止まった。

「はあ……」

 史苑がため息をついた。

「今の……どういう意味でしょう」
「そうだね」

 史苑がたっぷりと息を吐きだした。

「光希のファンクラブでも作ろうとしているのかもね」

 笑えない冗談に光希の顔が引きつった。

「先輩……。真面目に答えてください」
「スマホの持ち主を探そう」

 今度は真剣な口調で答えてから、右手を伸ばすと光希の頬に触れた。

「全く、面倒くさいことになったね」

 史苑の言葉の意味は分からなかったが、彼の手が温かいのといきなり触ってきたことに驚きすぎて声が出せなかった。

「先輩……。ルール違反です」
「ハハ、そうだったね」

 史苑が手を下ろして楽しそうに笑った。
 光希は強がりが言えたことが自分でも奇跡に思えた。