その好きは隠しておいて


 光希はすぐに三階から二階へ降りると、一つ上の先輩で自分の交際相手の風早史苑(かざはやしおん)の部屋へ急いだ。
 史苑は部屋の前で待っていた。
 ドアを開けてくれたので、するりと中へ入る。光希は慣れた足取りで史苑のベッドに勝手に入った。史苑も黙って横に入り、小声で話した。

「何があったんだ? もう十二時半だよ」
「変なメールがきたんです」

 光希は温かい布団にくるまりながら、あくびをして答えた。

「先輩、もう寝たいから、寝させてください」
「君ね、人を起こしておいて理由くらい聞かせてくれる?」
「呼び出されたんですよ」
「誰に」
「Mくんとやらです。相談したいことがあるから、深夜零時に一階の玄関前に来てくれって」
「まさか、行ったの?」
「行きましたよ。だけど空振りだった」
「普通は行かないけど、光希なら行くかもね」
「俺のことを知っている奴かな」
「俺だったら行かないね」
「先輩は行かないでしょうね」

 光希はクスッと笑うと、じゃあおやすみなさい、とさっさと目を閉じた。史苑は息を吐いて、はいはいと呟いて彼も目を閉じた。
 二人は恋人と言っても、カモフラージュの恋人だった。
 史苑は、この学校に主席で入学、スポーツも万能でその上、くっきりした二重で鼻筋の通った誰もがイケメンだと認める少年だった。身長も180センチ近くあり、八頭身でモデルのようだ。
 入学当初から告白が絶えなくて、生徒、先生からも引く手あまただったという。
 まるで芸能人のような彼がこんな進学校にいるのかと最初は驚いた。それに、ここは男子学生寮だ。男同士の恋愛など不毛じゃないかと思ったが、史苑の魅力は性別を超えるらしい。誰もが思わず振り向いて、その後ろ姿ですらも目で追ってしまう。

 史苑は当初から、告白など全て断っていたが、光希が一年生になり寮に入ると、なぜか彼の方から恋人のフリをしてほしいと頼んできた。
 一瞬、ふざけているのだろうかと思ったが、どうもそうではないようなので、分かりました、と承諾した。
 それから光希は一年の頃から、史苑と今現在も恋人のフリをしている。嘘の恋人なので、当然、二人の間に何かが起きたことは一度もない。

 二人の間にはルールがあった。
 一つ、寮では不適切な行為はしない。
 史苑は意外とストイックな考えの持ち主だった。人目をはばからずベタベタするのは好ましくないだろう、という理由で手を繋いだり抱き合ったりなどという行為はしないと言われた。
 二人は付き合っているらしい、という噂を広げるだけでいいと言うのだ。
 噂だけでいいのなら地元に恋人がいるとか嘘をつけばいいのに。光希が提案すると、それではインパクトが薄い。それに、光希と付き合い始めたと断言した途端、告白されることは一切なくなったという。
 しかし、あまりにもストイックすぎて付き合っているように見えないので、たまに、一緒に寝るというルールも決めた。
 ただ、どちらかの部屋で一緒に寝るのだ。
 これは彼にとって不適切な行為には含まれないらしい。史苑の考えはよく分からない。

 元寮長で抜かりのない史苑は、いつものように朝の点呼三十分前にスマホにアラームをセットした。光希を自分の部屋から点呼の場所へ行かせるわけにはいかないからだ。その点は光希も理解しているので、史苑に任せてすぐに寝入ってしまった。

 朝、アラームの音で二人は目を覚まし、光希は早々と自分の部屋に戻ろうとした。すると、史苑が光希の手をつかんだ。

「光希」
「はい、先輩」
「次からは、ちゃんと部屋の鍵を持って出るんだよ」
「そうします」

 素直に言って光希は部屋に戻った。
 朝の点呼は7時だ。史苑の部屋を出たのが6時半なので充分間に合うが、果たして部屋の鍵は開いているのか。

 光希が自分の部屋の前に立ちドアノブを回すとすんなりとドアが開いた。中へ入ると声がした。

「お帰り、朝帰りさん」

 アコーディオンカーテンは開いていて、ベッドに腰かけた甲斐がにやっと笑った。

「甲斐、わざと締め出したな」
「だって、トイレに行って戻ったら、光希いないじゃん。あ、先輩のところで寝るんだなって思って、わざわざ鍵をかけてあげたんだよ」

 わざとらしい言い訳をする。

「これを見てくれ」

 光希は制服に着替えている間、昨日送られてきたメールを甲斐に見てもらった。
 メールを読んで甲斐は首を傾げた。

「何これ、まさか、このメールを見て夜中に一階の玄関に行ったのか?」
「行ったけど?」
「普通、無視するだろ」
「そこには相談したいことがあるって書かれてある」
「メールでいいだろ」

 甲斐の言葉にはたと動きを止めた。

「それもそうかもな」

 思いつかなかった。

「それで? そいつには会えたのか?」
「いや、五分待ったが誰も来なかった。ここに来る途中も廊下や階段、誰にも会わなかった」

 甲斐はそのメールをもう一度見て言った。

「Mって誰だ?」
「甲斐」
「何?」
「この間の痴漢の事件、覚えているか?」
「……あっ」
「加害者の苗字がMだ」

 光希が淡々と答えた。