翌朝、アラームが鳴っていたが、光希は目を閉じて寝たふりをしていた。
史苑はそっと部屋を抜け出して自分の部屋に戻って行った。
ドアが閉まって、光希は目を開けた。あれから眠れなかった。
むくりと起き上がってうな垂れる。考えれば考えるほど自己嫌悪に陥っていく。
先輩は何も悪くない。勝手に好きになって、勝手にやきもちを焼いているだけだ。
「おはよー」
隣の部屋から甲斐のあくびをしながら挨拶する声がした。
「おはよう、甲斐」
光希はいつも通りの声で返事をした。
「点呼行こうぜ」
甲斐のふだんと変わりないのんびりとした声を聞くと、何となく気が紛れて少し気持ちが落ち着いた。
「うん、行く」
答えて光希は、甲斐と共に部屋を出た。
体を動かすうちに少しずつ気持ちが上がっていく。
そうだ。悪い方向に考えるから気持ちが落ちていくんだ。こんなの自分らしくない。
くよくよするのは嫌いなのだ。
光希はそれまでの暗い気持ちを寮で起きている問題を片付けることで払拭させようと思った。
自分は寮長であり、この学生寮の事を円滑に回していかなきゃいけない。
史苑との問題はとっくに解決しているのだ。
自分はただのカモフラージュ。ただ、それだけ。だから、その問題は考えない。
今すべきことは、怖いけど寮で起きている問題に取り組むことだ。
光希は点呼の後、甲斐と食堂で朝食を食べてから、彼に頼みごとをした。
「甲斐、今日、少しいいか? 調べたいことがあるんだ」
「調べたいこと? いいけど」
甲斐に夕べ遅くにきたメールのやりとりを教えると、彼の目が輝きだした。
「そう言うの俺、大好きっ」
意外だった。甲斐は自分と同じ怖がりだと思っていたが、意外と度胸があったようだ。
「甲斐は平気なんだな。怜先輩も得意なんだって、史苑先輩が言っていた」
「へえ、あの人そんな特技があるんだ」
怜と一緒に聞き込みに行った日が懐かしく感じられる。
「それで、ハギモリマリアについてなんだけど、甲斐はどう思う?」
「あの幽霊……。名前があったんだな」
甲斐が感慨深い声で言った。それからぶるるっと身震いをして息を吐いた。
「そうだな。まずはネットだよ。ハギモリマリアを検索するんだ」
甲斐の言う通り、今は何でもネット検索が先決である。個人情報だが、検索エンジンにヒットする可能性は無きにしも非ずだ。
パソコンを開き、地域と名前など入力すると彼女の名前で検索ヒットした。
「これだ!」
甲斐が興奮したような声を上げる。一件だけで過去の記事だった。
「読むよ」
甲斐が文章を読み上げた。
「酔っていた女子大生、路上で居眠りか。深夜二時頃、道路に横たわっていた若い女性が車に跳ねられた。身分証明書から萩森麻里亜さん20歳と判明。萩森さんはその場で死亡が確認された。萩森さんを撥ねた車の運転手は、暗くてよく見えなかったと話しているという。うわあ……」
甲斐が悲壮な声を上げる。光希も複雑な顔になった。
「こういうのって、切ないと言うか、自業自得なのか?」
甲斐が言うのを光希は慌てて止めた。
「甲斐、この人がこの寮にいるんだぞ」
「ひえー」
甲斐が両手で口を押さえた。この点は甲斐も怖いようだ。
「よし! 彼女の死因は分かった。じゃあ、このことをメールで伝えたらいいんじゃない?」
「もう、これっきりにしてほしいんだよね」
正直言うと、ハギモリマリアに連絡をするのは怖い。どんなリアクションが返ってくるのか。でも、史苑がハギモリマリアについて調べると言っていたので、彼だけに任せるつもりはなかった。史苑の時間をこれ以上奪いたくない。
「メールするよ」
光希は、ハギモリマリアにメールを送った。甲斐と二人で反応を待つ。返信はこない。よかった、と心から安堵する。
「これで問題が一つ片付いた」
光希が言うと、甲斐が驚いた顔をした。
「片付いていないと思うけど」
「冗談だよ」
「光希も冗談を言うんだな。じゃあ、次は霊の通り道だっけ? それを探しに行くか?」
「その前に、トイレを壊した人物を探したいんだ」
「一年生か。見つかるかな。下手したら器物損壊罪とか言うのに当たるんだろ」
そこまで頭が回る人物とは思えないが。そこの部分は伏せておいて、とりあえず誰がなぜ壊したのか探ってみようと思った。
「あのトイレを蹴って無傷とは思えないんだ。大きなケガをしている可能性もあるし、そこから探って行ってみよう」
「りょーかい」
甲斐がおどけて見せて、二人は六階へ上がった。今日は土曜日なので、生徒たちは自由に過ごしているはずだった。
ランドリー室に行ってみると、生徒が数名いた。
「おはよう、六階の子いる?」
光希が尋ねると一人手を挙げた。
「俺、六階です」
「トイレの事なんだけど」
「ああ……。来週には直りますかね」
「寮父さんには伝えたから、月曜日には見積もりに来てくれると思うよ。それで、誰があのトイレを壊したか知ってる?」
少年は一瞬、口を閉じた。光希から目を逸らしてうつむく。
「まさか、君が?」
「俺じゃないですっ」
少年は焦って手を振った。
「あ、その……。言わなきゃダメですかね」
「言いたくないのか」
「告げ口みたいだから」
「分かった。教えてくれる気になったらいつでも俺の部屋に来て」
「えっ? 先輩の部屋に行ってもいいんですか?」
「トイレを壊した人物を教えに来てってことだよ」
「わっかりましたー」
少年が何だかそわそわしだすので、光希は怪訝な顔をした。甲斐が袖を引いた。
「行こうぜ」
「ああ。じゃあ、よろしくね。ありがとう」
二人は自分たちの部屋がある三階へと移動した。

