その好きは隠しておいてね


 夜中に目が覚めて、光希は一瞬、史苑の部屋にいるのかと錯覚した。
 目の前に史苑が眠っていて、近すぎる距離に驚いた。
 男にしては長いまつ毛、二重の瞼は閉じられて穏やかに眠っている。整っている鼻すじが高くて、史苑の横顔は綺麗で目が離せなくなる。
 ぼんやりと見とれていた光希は、ハッとして目を逸らした。
 急いで体を離して大きく息をついた。
 真っ暗で時間の確認もできない。
 まだ、夜中なのだろう。物音ひとつしない。

 光希には誰にも言っていない秘密がたくさんあった。
 大きな秘密は目の前にいる史苑の事だ。
 それは他人にとってはたいした秘密ではないかもしれない。
 誰にも内緒にしているが、光希はずっと史苑に片思いをしていた。

 史苑と出会ったのは、中学寮から高校の寮に上がり寮内ですれ違った時だった。こんなにかっこいい先輩がいるなんて、と一目で憧れた。
 誰の目から見てもかっこよくて、一年生の間でもすぐに騒がれる存在となった先輩が、なぜか向こうから自分に声をかけてきた。
 一瞬、有頂天になって息ができないくらい嬉しかったが、史苑の口から理由を聞いた途端、地獄へ突き落されたような気分になった。
 しかし、他人からはいつもクールで何を考えているかよく分かりにくい奴と言われてきた光希は、その時もむっつりとした顔で、別に、構いませんけど、と高飛車な言い方をした。すると、史苑は嬉しそうに笑って、だから君を選んだんだ、と言われた。
 高飛車な物言いとクールな自分なら、史苑を絶対に好きにならないだろう、と思われたのだろう。
 憧れの君から真っ先に、君だけは選ばないからと言われた気がした。
 その日からできるだけクールに接するようにして、気持ちを隠し続けてきた。

 光希は、史苑の方へ背中を向けてから体を丸めた。
 苦しい。もう、しんどくなってきた。

 自分に嘘をつき続けてきたのは史苑のためと言い聞かせながら、本当は自分のためだった。
 ただそばにいられるなら、と我慢してきたけど、一年以内に先輩は大学へ進学する。もう先輩とは会えなくなる。これは今だけの関係なのだ。
 いっそのこと自分から、もうやめませんかと言った方がいいのだろうか。

 二年生になり、日に日に史苑を想う気持ちが強くなっていく。そのたびに、光希はぼんやりと先のない未来を思った。
 でも。もうやめましょうと言うのはまだ早い。明日じゃなくていい。
 そう、言い続けて一年と数か月がたった。
 自分の居場所を誰かに取られないように必死になった見返りが、いつか来るのだろうか。

 無理やり目を閉じて、もう一度眠ろうと思った。目を閉じたのに、史苑が初めて自分に投げかけた言葉を鮮明に思い出してしまった。

――藤崎くん、君にしか俺のカモフラージュは務まらないと思うんだ。

「カモフラージュ……」

 光希はその意味を熱心に考えたことがある。そして、その答えをある日、見つけてしまった。それ以来、史苑に片思いするのは諦めた。その時のことを思い出すたび、胸がツキンと痛む。目頭が熱くなってきて急に泣きたくなった。慌てて目をぐいっとこすると、史苑が小さく呻いた。

「ん……?」

 史苑が寝返りを打って、光希が起きていることに気づいた。

「あれ……? まさか起きてる?」
「寝てますよ」

 寝てる人間が声を出すはずがない。返事をしたことを後悔した。寝ぼけていたのか、史苑の左腕が光希の肩へ伸びてきた。驚いてびくっと体を震わせると、背中でハッと息を呑む音がした。

「あ、悪い。間違えた」
「別にいいですけど……」

 瞬時に答えて唇を噛む。
 間違えないでよ……。そう思ってから、一人で傷ついた。
 知ってるよ。史苑先輩に本当は好きな人がいることくらい。
 光希は、史苑の腕からそっと抜け出して背中を向けたまま目を閉じた。
 史苑は何も言わなかった。