その好きは隠しておいてね

 史苑がそばにいてくれたおかげで、光希は落ち着くことが出来た。
 一度、息をついて、光希は体を起こす。同時に史苑も起き上がった。
 声をひそめながら光希が言った。

「先輩、これって……」
「ああ。俺の推理を働かせてみようか」
「え?」
「今日の怪奇現象といい、この霊道が壊れたって言う文章から、俺はあの六階のトイレが霊道に繋がっていたんじゃないかと思う」
「トイレがですか?」
「うん。水場は綺麗にしておいた方がいいって聞くだろ」
「初めて聞きます」
「え? 知らない? 水が淀んで停滞すると、そこに霊が集まるって」

 史苑の意外な一面を知った気がした。

「先輩って勉強だけじゃなかったんですね」
「何だそれ」

 プッと吹き出す。
 光希は、史苑の事を何一つ知らない。あえて何も詮索しないようにしてきた。その方が楽だったからだ。

「じゃあ、トイレの故障が原因で?」
「怪奇現象が起きたと考えるべきだな」
「助けてほしいってあるけど、どうすればいいのかな」
「聞いてみようか。今なら答えてくれそうだね。光希、できる? 俺がしようか?」

 何だか子ども扱いされているような気になる。

「で、できますよ」

 光希は強気に言うと、メールを返した。

『助けて欲しいとは、どうしたらいいですか?』

 そう打ち込むとすぐに返信があった。

『他の霊道を探すか、故障したトイレを直して』

 トイレを直してと書いてある。
 光希と史苑は思わず顔を見合わせた。史苑がくっくと笑い始める。

「先輩、笑わないでください」

 光希は思わず身をすくめた。
 史苑は笑っているが、もし万が一、あの幽霊が怒ってここに現れたらと思うと、怖いのだ。
 怖がりにとって、何が起きても怖いとしか言いようがない。

「先輩は怖くないんですか」
「怖いよ。けど、幽霊の原因は分かったから怖さは半減したかな」

 そう言うものかな、と思うが。とにかく、このスマホと幽霊は繋がっているのだ。想像しただけでぶるっと震えが来た。

「怖い?」
「当たり前でしょ」
「俺が返事してもいいかな」
「……え?」

 史苑は何を送るつもりだろう。今から会いに行きます、なんて書いて欲しくない。

『ねえ、君は一体誰のスマホを使っているの? どうやってこの文章を書いているの?』

 史苑の送ったメールを見て、ひとまずほっとする。すると、すごい速さで返信が来た。

『このスマホは落ちていた。持ち主はスマホを二つ持っている。持ち主は、このスマホをあまり使用していないから』

 史苑がさらに返事を書いた。

『どうして藤崎寮長を選んだの?』
『藤崎寮長しか入力されていないから』
「……え?」

 光希はギクッとして史苑の腕をつかんだ。

「ど、どういうことですか?」
「聞いてみるよ」

 史苑がすぐにメールを送った。

『それはどういう事?』
『どういう事も何もしつこいわね、さっきから言ってるでしょ。藤崎寮長の連絡先しか、このスマホには入力されていないのよ』

 光希は絶句する。
 それを意味する理由が分からなかった。

「これは何を意味するのかな」

 史苑が考えるように呟いた。

「分かりませんよ、全然」

 光希は泣きそうになる。
 そのスマホは一体、どこにあるのか。相手は幽霊なので会いたいとは思わない。
 しかしメールをしていると、どんどん時間が過ぎていく。
 もう夜も遅いからやめましょうと言って、聞いてもらえる相手ではなさそうだった。
 昔、小学生の頃、こっくりさんなどでからかい半分で遊んで、なかなか還ってもらえずに、泣きべそをかいた時のことを思い出した。
 きっと幽霊に時間などないのだろう。

「先輩、もうやめましょう」

 光希が訴えると、難しい顔をしていた史苑が小さく頷いた。すぐにメールを送る。

『トイレは直すよ。今日はもう遅いから俺たちも休みたい。君の名前だけ教えて欲しい』
『トイレを直せないのなら、別の霊道を探すと約束して』
『約束してというのなら、君はむやみに寮に姿を出さないで欲しい。みんなが怖がるから』

 メールが一瞬、途切れる。それからまたメールがきた。

『分かった。約束するわ。私の名前は、ハギモリマリア』

 そのメールを最後に静かになった。光希は安堵して緊張していた力を解いた。

「はあ、良かった」
「うん……」

 史苑が浮かない顔をしている。

「どうしたんですか?」
「いや、このハギモリマリアさんの使用しているスマホの情報が、光希だけって言うのが気になって」
「えっ。おかしいですか? それ」
「おかしいよ」

 まあ、確かに意味不明だ。自分の事しか入力されていないってどういう事だろう。

「明日は土曜日だから、調べに行こう」
「調べるって何をですか?」
「このハギモリマリアさんについてだよ。彼女の死因を調べるんだ」
「なんのために?」
「成仏していないってことは、彼女は自分が死んだことを理解していない可能性がある。だったら、死因を伝える必要があると思う」

 史苑は真剣だ。

「先輩は何でそんなことが分かるんですか?」
「え? ああ」

 史苑がフフと笑った。

「怜がね」
「霊っ?」

 光希がギョッとする。

「違うよ、俺の同室の三春怜だよ。怜はこういうのが割と好きで、ホラー映画を観させられたり、ホラー漫画を貸してくれたりするんだ。それで少し耐性がついたかもね」

 やっぱり仲がいいんだ、と思った。

「怜の方がこの件に関しては詳しいから、明日、俺が話して調査してみるよ。一緒に行く?」
「いいです」

 光希は思わず断っていた。

「そっか、残念」

 史苑が笑って言った。

「さ、寝ようか」
「はい」

 史苑はスマホの電源を落とすと、自分のスマホを取り出していつものようにアラームをセットした。
 休日であっても起床時間は同じく7時だ。

「おやすみ」

 史苑が言って静かに目を閉じた。光希は、おやすみなさいと小さく答えた。
 信じられない。
 たった今まで幽霊とメールでやり取りしたのに、もう目を閉じて平常心でいられるなんて。
 自分は怖くてまだドキドキしていた。史苑に知られないようにそっと近寄る。
 もし、今この瞬間に、真上からそのハギモリマリアという女が自分たちを覗き込んでいたら……。と想像しただけで、びくっとする。ぎゅっと目を閉じて目を開けることが出来ない。
 光希は無意識に史苑にくっついて寝てしまっていた。