これほどの騒ぎがあったのに、気づいたのはごく一部の生徒だけで、寮父にも報告したが証拠もなく、巡回を増やすからというだけにとどまった。
その上、幽霊を見たかもしれないという話は、学生たちを無駄にパニックさせるだけなので、黙っていて欲しいと言われた。
上が決める事に文句を言うわけにもいかず、はい、とだけ返事をしたが、実際に見た生徒もいる。人の口に戸は立てられぬ、との言葉通り、すでに寮内に幽霊の噂は広がっているのではないだろうか。
現に、以前光希も先走りして、寮内放送を勝手にしてしまった。何かが起きていると感じている寮生もいるはずだ。
史苑と分かれて部屋に戻った光希は大きく息を吐いた。
時計を見ると、学習時間に入っている。学習部屋を利用したり部屋で勉強をしている時間帯だ。
明日は土曜日なので学校は休みだ。宿題の量は多いが、月曜日までに片付ければいい。光希は出された宿題を机に広げながら、史苑の事を思い出してため息をついた。
彼は三年生で今年受験だ。受験勉強が大切な時期なのに、こんな事で時間を奪ってしまった。
「はあ……」
ため息が大きかったのだろう。甲斐の声がした。
「何、ため息ついてるんだ?」
「あ、ごめん。うるさかったか?」
「いいけど」
気づくと、甲斐が光希の部屋に入って来た。
「何かあったんだろ。教えろよ」
「……勉強中だろ」
「宿題はだいぶ済ませた。さっき史苑先輩とどこかに行ってたんだろ。なあ、教えろよ」
甲斐は例のあれを見ているし、黙っているのもなんだか申し訳ない気がしたので、六階での出来事を教えた。甲斐の顔が見る見るうちに驚きに変わる。
「な、なんで早くそれを教えてくれないんだよっ」
「箝口令が出たんだよ」
「箝口令なんて、かっこつけた言い方しやがって。な、だから言ったろ? 史苑先輩も見たのか?」
光希は思い出すだけで鳥肌が立ちそうになった。
「もう、忘れたいくらいだ」
「どんな女だった?」
「……え?」
甲斐の質問に光希は顔をしかめた。
髪が長かったから、たぶん女性だと思う。体つきもかなり痩せていたように見えた。
「光希?」
光希が黙り込んだので、甲斐が不思議そうな顔をした。その時、スマホが突然、ブーッブーッと鳴り出した。二人は同時にびくっとした。
「電源切ってないのかよ」
甲斐が言う。光希は首を振った。
「ちゃんと落としたよ」
「え?」
甲斐が眉をひそめて光希のスマホを取った。間違いなく電源は落とした。学習時間内はスマホの利用を禁止している。
「電話が鳴ってる」
甲斐が光希にスマホを見せつけた。確かにスマホに電源が入っている。登録されていない番号で、気持ち悪くてそのままにしていると、電話が切れててすぐにメールが入った。
「メールだ」
甲斐がごくりと唾を飲んで、光希にスマホを手渡した。光希はスマホを受け取ってから、甲斐の顔を見た。
「開いてみろよ」
甲斐が促す。ドキンドキンと胸が痛かった。すごく嫌な感じがしてショートメールを開く手が震えた。
『藤崎寮長へ 相談したいことがあります。今夜夜中の零時に一人で玄関前に来てください。恥ずかしいから一人で来てください。Mより』
前とよく似た文章だった。
「誰なんだ……」
光希が呟いた。甲斐も黙っている。
「返事を書け」
「え?」
「あんたは誰だ? 相談があるなら、今すぐメールで書けって入れるんだ」
甲斐の言う通りかもしれなかった。わざわざ夜中に部屋を抜け出して話を聞く必要はない。
「う、うん。分かった」
光希は、今夜、夜中に行くのは無理だから、今、相談に乗ってやると返信した。しかし、前と同じで返事がない。
数分待ってもスマホはシーンとしたままだ。光希はホッとしたが、メールの前は着信だったので、見えない誰かが光希に連絡をしているのは間違いなさそうだった。
光希は甲斐の目の前でスマホの電源を落とした。
「甲斐、部屋に戻って。勉強しよ」
そう言うと、甲斐はしぶしぶ部屋に戻って行った。

