その好きは隠しておいてね


 寮父に説明をし終えた光希はそのままお風呂に入りに行った。
 お風呂場は空いていた。体を洗ってゆっくりとお湯に浸かる。浴室内もかなり空いていて静かだった。もしお風呂場で一人だったらやっぱり怖かったかもしれないが、数名の男子がいたので安心できた。

 お湯から出て脱衣所でパジャマに着替えていると、ふと視線を感じた気がした。ちらと振り向くと一年生が着替えをしていた。
 そう言えば、あの痴漢にあった学生、彼の名前は何と言っただろう。
 加害者の前田の事ばかりで、被害者の少年の名前は思い出せなかった。二年生だったような気がする。ここに彼がいたら、思い出せたかもしれなかった。

 風呂場には一年から三年生まで、寮生全員が使用するのでいろんな生徒と遭遇する。
 腹筋が割れている体格のいい男子、太ももがしっかりしていたりかなり太っている学生だったりと洋服を着ている時とイメージが違ったりする。
 自分とは違ったタイプを見ると思わず目がいってしまうが、彼らを性的な目で見た事なんてないし、自分も見られているなどと思ったことはない。
 これだけ多くの学生がいるのだ。愛河はなぜ、前田が痴漢をしているなんて気づいたんだろう。
 あの事件のあった日はもっとたくさんの生徒がいたような気がする。今日のように指で数えられる程度ではなかったと思う。
 光希は考えるのをやめて、洗面器にお風呂セットを戻して部屋に帰ろうと思った。

「先輩」

 声をかけられて振り向いた。一年生が立っている。見たことはあるが名前は分からない。

「ん? どしたの?」
「トイレが……」
「トイレ?」
「六階のトイレが壊れたままなんです」
「……は?」

 光希は一年生の方を見て首を傾げた。

「……それは一体、なんの話?」

 それだけ言うのに少し考える時間を要したほどだった。

 お風呂場で一年生につかまり、彼の話を聞いた光希は、寮の問題がこんなにもたくさん出てきたのは初めてじゃないだろうか、と思った。
 湯冷めしないようにといったん部屋に戻る。

「ただいま」

 部屋に入ると史苑が来ていた。

「お帰り、待ってたよ」

 甲斐の部屋から手を振る。彼はすでにお風呂を済ませたようでパジャマだった。

「先輩」

 光希はお風呂セットを部屋に置いてすぐにタオルを部屋の隅に干した。放っておくとカビが生えるからだ。

「髪、乾かしてあげる」

 甲斐がいるからだろうか、先輩が優しいな、と思った。

「あ、じゃあお願いします」

 光希は椅子に座り、史苑がベッドに座ってドライヤーを取ると光希の髪を乾かしてくれた。史苑の指先が頭皮を優しくマッサージしてくれるので気持ちがいい。

「先輩、めっちゃ気持ちいいです」
「ハハ」

 史苑が笑う。甲斐は光希が戻るのを待っていてくれたのか、お風呂セットを持つと二人に向かって言った。

「じゃあ、先輩、俺、風呂に行ってくる」
「ありがとう。行ってらっしゃい」

 史苑が手を振った。甲斐がいなくなって、二人きりになる。

「すみません、待っててくれたんですね」
「怜から聞いたんだ。探偵みたいな事していたんだって?」
「え? まあ……」

 探偵とは違う気がするけど。

「あ、先輩、さっき一年生からトイレが壊れていて困っているって相談されたんです」
「トイレ?」
「六階だそうです。誰かが共同トイレの便器を思い切り蹴ったらしくて、便器が歪んで使えない状態で故障中なんだって」
「いつから?」
「数日前から。トイレが使えなくて困ってるって言われたんですよ」
「報告はなかったんだね」
「知らなかったです。トイレの中まではチェックしないですもんね。今日はもう無理だから、明日、寮父さんに伝えてできるだけ早く直してもらいます」
「そうだね」

 トイレが使えないって困るよな、光希がぶつぶつ呟くと、史苑は少し考える顔をしていた。

「今、何時?」
「え? えっと……」

 光希は時計を見た。机に置いてあるデジタル時計は19時半だった。

「19時半ですね」
「まだ、学習時間まで30分あるね。見に行こう」
「トイレを?」
「うん」

 史苑が言うのだから断るわけにはいかない。光希は頷いた。部屋の鍵をポケットに入れる。ついでにスマホも手に持った。