その好きは隠しておいてね


 二人は部屋を出ると愛河の部屋へ向かった。
 彼の部屋は三階の北側の一番奥の部屋だった。ロビーを中心にすると、光希の部屋は東側、愛河は北側だった。
 愛河の部屋をノックするとすぐにドアが開いた。愛河本人がそっと顔をのぞかせて、アッと言う顔をした。そして、どうぞ、とドアを開けた。
 愛河の部屋は絨毯を敷いていなかったので、光希と怜はベッドに腰かけ、愛河は自分の椅子に座った。

「見てよ、寮長」

 彼はズボンをめくると膝小僧を見せた。両膝ともズボンでこすれたのか擦過傷(さっかしょう)ができて、少し青あざが出始めていた。背中を蹴られたと言っていたが本当だろうか。

「ひどいだろ。これは暴力行為だ」
「暴力行為は規則に違反している。審議する内容か先生に相談しないといけない」

 光希が淡々と言うと、

「分かってるよ」

 と愛河はニヤッと笑った。前回、前田の痴漢行為を訴えた事を思い出しているのだろう。あの時も強気で、彼だけが一貫して前田が痴漢をしていたとずっと自信を持って言い続けていた。
 光希は胸が悪くなり、部屋にいるのも嫌な気持ちになった。
 また、同じことを繰り返すのだろうか。

「心当たりは?」
「は?」

 怜の質問に愛河が眉をひそめた。

「後ろから蹴られるような事をしたんじゃないの?」

 怜が言うと、愛河が突然、カッと目を見開いて怜を睨んだ。

「何だよあんたっ。俺が悪いのかよっ」
「愛河、落ち着けよ」
「俺は被害者だぞ。暴力を受けたのは俺だぞっ」

 怜の表情は変わらない。

「とにかく、あいつを訴える」
「はあ、分かった」

 光希はそう言うと怜を促して、愛河の部屋を出た。

「先輩、次は愛河を蹴ったと言われている一色拓馬の部屋に行ってみましょうか」
「そうだね」

 怜は頷いた。光希は、一色の部屋に向かいながら尋ねた。

「意外です。先輩、こういうの好きなんですか?」
「好きっていうか、暇だから」

 もうすぐゴールデンウイークでその後は試験が待っている。暇ってことはないと思うが。
 それにしても、怜はこういう話を聞いても平気なのだろうか。他人の揉め事を調べるなんて気は重いけど、話を聞いておかないと寮父や先生に説明もできない。
 次は一色の部屋に行く。彼は階が違うので四階に上がった。

「あれ? 一色くんは階が違うの?」
「はい。三階に友達がいるんでしょうかね」
「そうだろうね。寮内放送を聞いて、みんながぞろぞろと部屋を出始めた時、たまたま一色くんの目の前に愛河くんが歩いていた。一色くんはその時、気持ちを抑えきれずに後ろから蹴った」

 一色はよほど愛河を憎んでいたのかもしれない。でもそれには、何かきっかけがあるような気がする。
 一色の部屋は四階の東側のロビーに一番近い場所だった。光希は一度、深呼吸をして部屋のドアをノックした。少し待つと、そっとドアが開いて一色が顔をのぞかせた。

「あ、藤崎くん……」
「ちょっと話が聞きたいんだけど」
「ロビーでもいい? 部屋が散らかってるんだ」

 一色はそう言ってさっと廊下へ出てくるとドアを閉めた。怜が静かにその様子を見ていた。
 三人でロビーに行き、ソファに座って一色から話を聞いた。

「本当に一色くんが後ろから蹴ったの?」

 怜が尋ねると、一色はそっぽを向いて小さく頷いた。

「……はい」
「何でそんな事をしたんだ。下手したら退学だぞ」
「嘘っ」

 一色が顔をこわばらせた。それから頭を抱えてうつむいた。

「だって前田が死んだって聞いたから……」
「彼は生きているよ」
「……え?」

 怜の言葉に反応して一色が顔を上げた。

「生きてる? 亡くなってないの?」
「亡くなったという話は聞いていないけど、誰が前田くんが亡くなったって言ったの?」
「……」

 一色は答えなかった。光希と怜は顔を見合わせると、光希はため息をついた。

「先生に報告するけど、きちんと理由を説明して愛河に謝罪した方がいいと思う」

 一色はうつむいたまま何も答えなかった。

「行こうか」

 怜がソファから立ち上がり、光希の袖を引いた。

「光希くん、行くよ」
「はい」

 呼ばれて光希は立ち上がった。一色はまだソファに座ってうな垂れたままだった。
 光希は四階を後にして階段を下りながら、人影がない事を確認すると礼に小声で言った。

「先輩」
「ん?」
「あの部屋、臭いませんでした?」
「臭っていたね」

 怜が薄く笑った。光希は深く息を吐きだした。
 一色が自分たちを部屋へ入れなかったのは、中で煙草を吸っていたからだ。部屋からは芳香剤と煙草の入り混じった臭いが、ドアを閉める瞬間にも外へ漂っていた。

「他にもいるだろうね」
「はい……」

 部屋で何が行われているかなど探るわけにはいかない。一色に前田の話をしたのが、煙草を吸っている仲間の誰かの可能性はある。

「煙草かあ……」

 怜が呟いた。

「一色くんには弱みがあるってことだ」

 弱み……。確かに、今も彼は必死で隠そうとしていた。もし、誰かに知られたら。それだけでストレスに感じるだろう。

「誰かに強請(ゆす)られているとか」
「あり得るよね。隠れて煙草を吸っているという弱みとその上、前田くんの件もある。何らかのストレスが重なって、愛河くんに怒りをぶつけたとか」

 愛河にはいい迷惑かもしれないが、一色の怒りの矛先が愛河に向かってもおかしくはない。
 光希は今聞いた話を寮父に報告をするために一階へ向かい。怜はそのまま自室へ戻るため二階で分かれた。