その好きは隠しておいて


藤崎(ふじさき)寮長へ 今夜、相談したいことがあるので、点呼後、午前零時に一人で一階の玄関前に来てください。恥ずかしいから誰にも言わないでください。Mより』

 なんだこれ……。
 藤崎光希(ふじさきこうき)はスマホにメールが一件、入っていることに気づいた。現在時刻は22時半だ。
 点呼の時間は22時。消灯は23時となっている。
 消灯後、部屋の外にある共同トイレに行くのはいいが、23時以降は勉強するのも禁止となっている。

 明日の授業の準備をし終えて眠ろうかと思い、スマホの電源を切ろうとしてSMSに気づいた。差出人は不明だった。
 恥ずかしいから誰にも言わないで、とある。
 光希は、アコーディオンカーテンで仕切られている同室の相馬(そうま)甲斐(かい)の部屋をちらりと見た。部屋は真っ暗になっている。甲斐は早々と寝ているようだった。

 ここは中高一貫校の生徒たちが生活している学生寮である。
 学生寮が三棟あるうちの一つ、この双葉(ふたば)寮には一年生から三年生までが暮らしている。
 光希は、高校二年生に上がる少し前に双葉寮の学生寮長に選ばれた。その下にリーダー、副リーダー、各班長がいる。
 昨年、寮生による投票が行われ、寮長に選ばれたのだが、大雑把に言うと雑用係。
 寮での生活を快適に過ごすための掃除、点呼、寮父と学校の教師に伝えるなど、寮全般のことを取り締まる。

 光希が前の寮長と仲が良いせいもあって、今回、選ばれてしまったが、いかんせん真面目なため、やれと言われたら断れない性分でもあった。
 さすが一年の終わり頃には、皆、光希の性格を見抜いていたのだろう。ほとんどの票を得たらしい。本人は望んでいなかったが……。

 双葉寮には、地元民をのぞく県外から三百人前後の生徒たちが暮らしていた。
 寮は三棟あって、棟ごとに百人ほどいる。
 一階と二階は三年生。二階と三階は光希たち二年生。そして、五階と六階は一年生だ。
 エレベーターがないため、どこの階に何年生が入るか、毎年くじ引きで決めていた。
 一階入り口に近い部屋は寮父が暮らしている。どの部屋も家具、ベッドは備え付けで、引っ越しも簡単だ。

 さて、問題のメールだが、メッセージアプリではなくSMSである。電話番号を入手さえすれば、誰でも光希にメールを送ることができる。よってMとは何者なのか、皆目見当もつかない。
 ただ、ここの生徒であることは間違いなさそうなので、メールを見てしまった以上、その相談とやらに乗ってやるか、と思った。

 そっと部屋を抜け出して一階へ降りる。生徒はほとんど寝ているようで、明かりがついている部屋は一つもない。
 一応、スマホを持って出た。甲斐は寝ているし、締め出されることはないだろうと部屋の鍵は置いてきた。
 季節は四月の半ばで、ゴールデンウィークも近い
。割と暖かい日が続いていて、パジャマの上に羽織らなくても平気そうだ。
 廊下は真っ暗だったが、非常灯の緑の明かりがぼんやりと光っている。それを頼りに歩いた。
 壁を伝って下まで降りると玄関口に向かった。少しひんやりしている。寮父の部屋も真っ暗だ。彼も眠っているようだ。
 玄関入り口の壁に丸い掛け時計がかかっている。時計はちょうど午前零時を指していた。
 間に合ったようだ。ホッとして待っていたが、五分過ぎても誰も現れない。

「……来ないじゃないか」

 光希は呟いて大きく息をついた。
 どうやら(かつ)がれた事に気づき、部屋に戻ろうと三階へ上がった。自分の部屋のドアのノブを回すと、あろうことか鍵がかかっていた。

「なっ」

 光希はドアノブをガチャガチャいわせたが、甲斐は起きる気配はない。
 あいつ、トイレに起きたか。それか、俺が外に出たことを知ってわざと鍵をかけたか。まあ、もうどちらでもいい。
 ダメもとで自分を締め出した相手にスマホを鳴らしてみたが、甲斐はスマホの電源も落としていて繋がらない。このままでは部屋に入れない。
 自分が外へ出た理由は呼び出された証拠があるので、寮長が規則違反をしたと責められることはないと思うが、このまま外で眠ることはできない。
 光希はもう一度、スマホから電話をかけた。今度の相手は甲斐ではない。前の寮長。三年生だが、自分の交際相手の男だ。
 数回鳴らしただけで相手が出た。

『どうしたの?』
「部屋から閉め出されました。今からそっちに行くんで、部屋を開けておいてください』
『分かった』

 さすが、俺の恋人様だ。
 光希は大きく息を吐いた。