「……呪い、か」
潤の脳裏には、数日前に見た離宮の情景が鮮明に浮かび上がる。
あの、月明かりの下で独り舞っていた瑞奈。
彼女の指先から、確かに何かがあふれていた。
だが、それはおどろおどろしい呪詛の気配などではなく、むしろ今の腐敗した王宮に最も欠けている透明で清らかな「祈り」そのものではなかったか。
(いや、騙されるな。あれは幻惑だ……)
彼は必死にその考えを振り払おうとした。
最愛の母を失ったあの日、金大監が突きつけた「証拠」――瑞奈の部屋の隅から見つかったという、針の刺さった呪いの人形と母の遺髪。
それが、彼の心に消えない深い楔を打ち込んでいたのだ。
「邸下、金大監様がお目見えです」
内官の声とともに、金大監がしめやかな、それでいて有無を言わせぬ足取りで入室してきた。彼は悲痛な面持ちを完璧に装いながら、深く一礼した。
「邸下。もはや一刻の猶予もございませぬ。民の暴動が始まろうとしております。天の怒りを鎮め、民の心を収めるには、不浄の源を断つしかございません。……世子嬪様を、大逆罪で処断するお覚悟を」
「……処断だと? まだ罪が確定したわけではない。噂だけで一国の世子嬪を殺めるなど……」
「証拠はすでに上がっております! 先ほど、離宮の池の泥の中から、王家を呪う呪具が見つかりました。これ以上、あの不吉な女を庇えば、邸下ご自身も民の刃にさらされることになりますぞ!」
潤の拳が、白くなるほど強く震えた。
彼は、瑞奈の顔を思い浮かべようとした。だが、三年間、一度も向き合ってこなかった彼女の顔は、記憶の中で霧のようにぼやけている。
鮮明に覚えているのは、あの夜の、泥にまみれ、それでも気高く舞っていた白い足先だけだ。



