死んだはずの世子嬪は、すべてを知った夫に狂おしいほど愛される




「……瑞奈」


 彼が初めて、その名を呼んだ。
 その瞬間、彼女の長い睫毛が、蝶の羽のようにかすかに揺れた。


「……この池の底から、王家を呪う木札が見つかった」


 潤は、努めて冷酷に言葉を続ける。
 だが、その声はどこか上ずり自分自身に「これは正しい裁きだ」と言い聞かせているように聞こえた。


「お前が毎夜、ここで不吉な儀式を行っていたという証言も揃っている。……最期に、何か弁明はあるか」


 重苦しい沈黙が流れる。瑞奈は、震える膝をつきながらも息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。


「……世子様」


 その声は、熱風に溶けてしまいそうなほど微かだったが、潤の鼓膜を確かに震わせる。



「私が何を申し上げても……今の世子様は、信じてはくださらないのでしょう。この三年間……ただの一度も、会いにも来ず私の声を聞こうとはなさいませんでしたもの」


 手綱を握る指先が、ぴくりと跳ねた。図星を突かれた苛立ちと、正体の知れない罪悪感が渦巻く。


「黙れ! 証拠はすでに揃っていると言ったはずだ!」
「左様でございます、世子様!」


 金大監が、これ以上会話をさせまいと割って入った。


「もはや猶予はございませぬ! 民の怒りは頂点に達しております。国の安寧には犠牲は付きもの。この女を今すぐ処断し、天の怒りを鎮めねば、国が滅びますぞ!」

「……処断」


 その言葉が、断頭台の斧のように重く落ちる。
 潤は、瑞奈を見た。初めて、偏見という曇り眼鏡を捨てて彼女を真正面から捉えた。

 死を前にしているというのに、彼女の顔は驚くほど穏やかだった。