美形有能弁護士はかわいい人気モデルに飼い慣らされる

窓の向こうで瞬く都会の煌めきは冷たい硝子に滲んで、柔らかな光の粒となって室内にこぼれてくる。
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葵は、濃紺色のソファに身体を深く預け、膝に乗せたタブレットを見つめていた。

画面の光が、彼の整った鼻梁や、濃く長いまつげを瑠璃色に照らす。

彼の瞳に映るのは、数日後に控えた写真集の構成案だ。

モデルとして、今の自分という一瞬を硝子の標本の様に閉じ込める作業は、現実であるにも関わらず、どこか非現実的にも感じられる。

画面を指先でなぞるたび、その硬質さに体温が吸い取られていくようだ。

​「……葵、そんなに根詰めると、知恵熱出すぞ。」

​背後から届いた揶揄する様な蓮の声は、微かに掠れている。

氷が涼やかな音を奏でる、クリスタルのグラスを片手に、蓮は静かに歩み寄ると葵の隣に腰掛けた。

昼間は弁護士として、鋭い論理を武器に戦っている蓮。

けれど、この薄闇の中にいる今は、葵を優しく包み込む柔らかな存在なのだ。
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蓮が隣に座ると、彼が纏っている甘苦いシトラスの香りと、グラスの中に満たされた酒のフルーティーな芳香が混じり合い、ひんやりとした夜気の中で微かに空気の色を変えた。

それは、どこか遠い国の果実を思わせる、鋭くて甘やかな匂いだ。

蓮が葵の手元のタブレットを覗き込むと、グラスの中の氷が「カラン」と音をたてる。

​「今回はヌード写真集なんだっけ?俺にもチェックさせろよ。」

​蓮はニヤリと唇の片端を上げて、葵の肩に肘を置く。

葵は黙ってタブレットを蓮の方へ向けた。

蓮は、仕事で書類を精査する時と同じ、鑑定士のごとく鋭い眼差しで葵の画像を見つめている。

​「……へぇ。この影の付け方、いいじゃん。お前のこの、肩甲骨の下にあるほくろまで、綺麗に拾ってる。」

​「……普通そこ見る?」

​「見るよ。俺はお前の身体の隅々まで暗記してるんだから、すぐに目につく。」

​不意に、蓮の空いた方の手が葵の顎をクイ、と持ち上げる。

蓮の指先は、氷の入ったグラスに触れていたせいか、驚くほどひんやりとしていて、葵は思わず身を震わせた。

「俺を見て。」

蓮の言葉に葵が彼の目を見つめると、視線が熱く交わる。

「蓮、本当に俺の顔、好きだね。」

葵は呆れながらも、嬉しさを隠しきれない声を出す。

「うん。好き。」

その言葉には一分の迷いもない。

「でも、毎日こうやって見るのはちょっと異常。」

葵の笑いを含んだ言葉に、蓮は目を三日月型に細めると、葵の頬を優しく撫でた。

「確かに…異常かもね。でも、ついでに中身も大好きだよ。」

「ついでに…ね…ありがと。」

葵は投げやりにそう言うと、蓮の大きな掌に軽く頭を預け目を瞑る。

暫くそうしていて、うっすらと目を開けるとふと口を開く。

​「……蓮は、嫌じゃないの? 他の男が、俺の裸を撮ること。」

​「俺が?なんで?だって仕事だろ?」

​蓮はそう言って、葵の耳たぶを指先で軽く弾くと、彼の肩に手を回し、そして続ける。

​「これが不当な契約なら、弁護士として即座に叩き潰すけど、そうじゃないだろ?」

蓮の言葉に、葵はわざと不貞腐れて言う。

​「……じゃなくてさ。嫉妬とか、そういう感情は、ないんだ。」

「嫉妬って誰に?もしかしてカメラマンに?」

面白がって覗き込んできた蓮から顔を背けると、葵はタブレットの画面を無意味にスクロールし、拗ねた様に小さく呟いた。

「もういいよ。」

蓮はクスッと笑い、葵の首筋に軽く唇を這わせる。

​「……葵、お前、体が冷えてる。少し、温めないと。エアコンつけよう。」

「蓮の指が冷たいせいだよ。エアコンより、何か温かいものつくって。」

​「わかったよ。ちょっと待ってろ。」

少し困った様に眉を下げ、蓮は葵の頭を軽くぽんぽんと叩く。
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蓮が立ち上がると、シトラスの香りが甘苦くふわりと揺れて、暗いキッチンへと消えていった。
 
しばらくして、濃厚なカカオの香りが部屋の中に満ち始め、ひんやりとした夜気が、少しずつ甘く塗り替えられていく。
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蓮が戻ってくると、二つのお揃いのマグカップからは、白く重たい湯気がもわりと立ち上っていた。
 
カップを受け取ると、手の平からじんわりと、甘ったるい熱が伝わってくる。たっぷりのチョコレートを溶かした、蓮特製のホットチョコレートだ。

「熱いから気をつけろよ。」
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蓮は隣に座り直し、自分のカップを口にした。
 
葵もそっと、その濃厚な液体を口に含む。

舌の上でとろけるような甘さと、喉を通る心地よい熱が、冷え始めた夜気でこわばった体を内側から解きほぐしてくれる。

「……蓮の味がする。」

​「お前、いつもそれ言うな。」
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蓮はそう言って、飲み終えた葵のカップを空いた手で受け取り、テーブルに置いて身を翻す。
 
そのまま、葵の両手を掴んでグイと引っ張ると、優しく腰に手を添えて、抱き寄せるようにして彼を立ち上がらせた。

​「ほら、体温かいうちに寝るぞ。明日は早いんだろ。」

​「……うん。」
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蓮に促されるまま、2人は隣の寝室へと向かった。
 
厚手のカーテンに遮られた寝室は、リビングよりもさらに深い闇に包まれている。

真綿色の布団カバーが、廊下の淡いライトに照らされて静かに揺らめく。

蓮が布団を捲り上げ、葵を先に潜り込ませた。

シーツは少しひんやりとしていたけれど、すぐに体温で馴染んでいく。
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隣に蓮が入ると、マットレスが大きく沈み、彼が放つ熱が布団の中を満たした。
 
蓮は葵を背後から包み込むように腕を回し、首筋に顔を埋める。

そこから伝わる規則正しい吐息と、かすかなシトラスの残り香。

さっき飲んだホットチョコレートの熱が、まだお腹の奥の方でじんわりと残っていて、心地よい微睡みが降りてくる。

​「……蓮。」

「ん?」

​「あのさ…。」

言いかけて、そこで口を噤む。

「なんでもない。おやすみ。」

​「なんだよ。気になるだろ。」

そう言うと蓮は葵の耳朶を優しく噛む。

「たいしたことじゃないよ。寝よ。明日早いし。」

「ん…分かった。おやすみ。」

​蓮の低い声が耳元で心地よく響く。

布団の中には2人の体温と、蓮の纏う香りが満ちていて、柔らかい暖かさに、意識がゆっくりと遠のいていく。

明日は蓮よりも早起きして、スクランブルエッグを乗せたトーストを作ろう。
蓮が喜ぶ顔が見たいから。

葵は、そんなことを頭の片隅で思い描きながら、蓮の香りと温もりに身を委ね、深い眠りの底へと落ちていった。