はなのゆめ

 母上は、男君は色好みであってよいのだと言う。女君に情けをかけたぶんだけ、男君の品位は磨かれるのだ、と。

 女として生まれたのなら、他のひとのところへ通う夫を、こころよく送り出すべきだと判っている。だから、在五中将様のものがたりに記された女君をあわれむのはあやまりだと判っている。

「……申し訳ありません」

 于子は、伏せた眼差しを揺らめかせた。すると、太郎君の影が視界の端で動く。

「どうして謝る?」

「あまり、女として好ましい考え方ではございませんので」

 俯いたままそう言ったなら、また、太郎君の影が緩やかに動く。

「さあ……女君の本当の心は判らないけどね。心を通わせた姫君が他の男に心を移したとしたら、少なくとも私は、穏やかではいられないな」

 かろん、と筒の中で賽ころが転がる音。

 それにつられて顔を上げたら、于子の眼差しに美しい笑みが映り込む。

 太郎君は、気楽な声で于子に問う。

「きみは、在五中将物語より、落窪の物語のほうが好きなのだったっけ?」

 問いながら、筒を手渡された。「はい」と控えめに頷きながら少し戸惑って、于子はからからと筒を振る。

「おちくぼのものがたりの男君は、たとえ内親王を妻にいただけるとしても、承知しないのだと言います。一途に愛を向ける女君を悲しませたくないから。もしもわたくしも、そんなふうに言っていただけるほどに誰かに愛おしまれたなら、とおろかにも夢を願ってしまいます」

 かろん、かろん。賽ころが転がり出る。双六遊びの、幼げな響きの残余が消えないうちに、太郎君が言う。

「愚かだとは思わないよ。そのように願っているのは、桜だけではないのではないかな。皆、あらまほしき女君であろうとしているだけで」

 桜のように、素直に口には出さないだろうけどね――そう続ける太郎君の眼差しは、花がほころぶ季節のように柔らかい。

「だから、きみは姫君に違いないけど、どこか少女(おとめ)のようでもある」

 眼差しが、太郎君の瞳に捉えられる。于子は思わず目を逸らし、駒を進めようと手を伸ばした。ふ、と頭の上で息の音が聞こえる。