無粋な姿をさらしてしまったと落ち込んでいたものの、裁縫の腕をいたく気に入ってもらえたようで、于子は右近と一緒に北の方付きの女房から太郎君付きの女房となった。『桜』という呼び名を与えられ、年が近いせいか、話し相手に呼ばれることも多くなった。
「東宮様のもとへ、五条のお姫様が入内なさるというのはほんとうですか」
かろんかろんと賽ころを振りながら、太郎君に問うた。
「ああ、そう聞いているよ。内大臣の姫君の入内だ。こちら側としては、たいそう焦っている」
焦っていると言いながらも、太郎君の面差しにそのような様子はない。まるで面白がるような微笑みすら浮かんでいる。
まつりごとの話はよく判らないけれど、少なくとも太郎君にとっては深刻な出来事ではないらしい。
まつりごとよりも于子が気になるのは、五条のお姫様にまつわるうわさ話だ。五条のお姫様は、透き通った笛の音を奏でる貴公子と恋に落ちたのだと、さまざまなひとが話している。
「それでは……もしかしたら、五条のお姫様はたいそうおつらい思いをされているのかもしれません」
「橘家の文章生との恋か……。まるで在五中将物語のようだと皆が噂しているね」
太郎君の言葉を受け止めて、于子はそっと眼差しを伏せる。
在原業平様の恋が綴られているという、在五中将ものがたり。五条のお姫様の恋がそれと同じと言うのなら、お姫様が迎える恋の結びは、ひどくやるせないものになる。
「……在五中将様のものがたりは、あまり好きではありません」
伽羅の匂いが風に乗って于子に届く。香が風を渡った轍を追うように、太郎君は于子へ眼差しを流した。
「在五中将様のものがたりは、女君が……どなたもお可哀想です」
みやびやかな男君が、愛を向けるお相手はひとりじゃない。燃ゆる恋は穏やかに熱を失って、かろうじてくすぶる火種もいつかきっと、女君の涙であとかたもなく絶えてしまう。
