はなのゆめ

「駄目、ですか……。衛門殿と、甲斐殿と、式部殿を、お呼びに、なったのでしょう。だったら、わたくしも駄目ですか……っ」

 咽ながら于子はうったえる。それでも太郎君は振り返らない。于子に向けられた高貴な背中は、明確に于子を拒絶している。――ああ、駄目なのだ。

「申し訳、ありません。……浅ましい、ことを」

 太郎君は下がりなさいと言った。ならば、一刻も早く下がらねば。乱れた襟を引っ張り、袴の紐を結ぼうとするけれども、指先に力が入らない。諦めて立ち上がろうとして、袴に足を取られる。ふふ、と于子は涙にまみれた微笑みを零す。ああ、最後まで、なんてみっともないのだろう。目を閉じ、訪れる痛みを待った。

 けれども于子を包んだのは、ふわりと舞う伽羅。力強い腕で抱きとめられて初めて、于子は自分の身体がふるえていたことを知った。目をひらければ、切なげな太郎君の瞳に捉えられる。目を逸らせなかった。声を発せなかった。動けなかった。しばらく見つめ合っていたら、太郎君が諦めたように口をひらいた。

「私は、きみを妻にはできない」

 その言葉にはっとして、于子は顔を上げる。まぶたの縁から涙が落ちた。私は、きみを妻にはできない。太郎君の言葉を頭の中で繰り返した。――それなら、わたくしが、妻となることを望まなかったのなら。

「きみは私の召人(めしゅうと)として、ずっと、日陰の身になってしまう」

 構いませんと于子は即座に首を振った。妻など望みませんと追い縋るように続けた。幸せな結婚などいらない。女房のままでいい。誰に何と謗られようと構わない。ただ、あなたのそばにいられるのなら。

「日陰の身で構いません。だから……どうか、」

「駄目だ」

 強い声に息を呑む。見つめ合う先で、太郎君がひどく切なげに目を眇める。

「私は、きみを妻にしたかった」

 息の仕方を忘れたように苦しそうな太郎君の声を、初めて聞いた。