はなのゆめ

 ――どうして。

 問う言葉はそこで終わり、その先はいつも曖昧だった。曖昧にしたのは恐れたから。心の奥の思いを、確かな願いにすることを。

 頭から衣を引き被り、闇の中で何度も問うた。どうして、どうして、どうして、

 ――どうして、わたくしではないの。

 桜という呼び名も与えられ、太郎君のいちばんおそばに仕えていると思っていた。それなのに、太郎君は于子ではないひとの腕を引いた。于子ではないひとの紐を解いた。于子ではないひとの肌に触れた。どうして、わたくしではなかったの。

 声を発そうとするくちびるがわななく。息を何度か吸い、吐いて、ふるえる声で言葉をつないだ。

「兵衛佐様との結婚は、わたくしにとって勿体ないほどのお話です。わたくしの家にとっても、とても大きなこと。断る理由などありませんし、断ることなどできません。けれども、もし。……もし、太郎君がわたくしをお求めになったのなら」

 左大臣が嫡男、正二位権大納言。妻と決めた女を奪ったとして、その権勢にいったい誰が逆らうことができるだろう。

「わたくしはきっと、こうなることを望んでおりました。わたくしは、何という、浅ましいことを、」

 息が詰まり、温い水が頬を伝う。わざわざ炎が揺れる薄闇の中、太郎君のもとを訪ねた。腕を引かれ、帯を解かれることを導いたのは他ならぬ自分だ。そうなることを知らず知らずのうちに強く願っていた。

 于子は、息を吸ってくちびるをひらく。

「わたくしを、あなたのものにしてください」

 切なる声で願った。切なる眼差しで、太郎君を見つめた。

 けれども、

「……戯れが過ぎたな。すまなかった。下がりなさい」

 押さえ付けられていた腕は呆気なく手離され、太郎君は于子に背中を向ける。于子は目を見ひらいた。声にならない声で、どうして、とうわ言のように呻く。よろよろと身体を起こし、背中に縋りつこうとして、けれどもその背の貴さに慄き、縋りつくことはできなかった。畳にくずおれる。ぱたぱたと畳に水が散った。