はなのゆめ

「たろうぎ……っ」

 背中を襲った鈍い痛みに、咄嗟に、身体をかばうように腕を突き出した。けれどもその腕は強い力にいとも容易く組み敷かれ、手首が畳に押し付けられる。目をひらけば、太郎君が于子を上から見下ろしていた。于子を捉える瞳は、黒瑪瑙のように深い闇の色。

 たろうぎみ、と掠れる声を息と共に吐きだす。そのひとは答えず、襟の合わせに手をかけた。なよやかな指が肌に触れ、艶めかしい感覚に肌が泡立つ。太郎君の耳朶と于子の耳朶がぶつかった。首筋にかかる息が熱い。緋の袴もその帯を解かれ、布が肌をするりと滑る。肌が露わに――きつく、目を閉じた。

 どうして――こんなことを。

 目を瞑った闇の中で于子は問う。

 特段に色を好むひとではなかった。ないのだろうと思っていた。その微笑は高貴で、于子を見つめる眼差しはいつも優しく、掛けられる言葉は穏やかな情に満ちていた。それなのに、どうしてこのようなことを。どうしてたくさんの女のひとと。

 どくん、と心が音を立てる。

 ――ああ、違う。

 于子は薄く目をひらき、腕の力を抜いた。自分が情けなくて仕方がない。ずっとそれを思っていたのに、今ようやく判るなんて。

「……嫌なら、嫌と言って」

 力のない言葉を聞いて、于子はうっすらと目をひらいた。

 ぼんやりと視界に映る太郎君が、苦しげにくちびるを噛んだ。眉根には深い皺が刻まれている。その顔の意味が判らぬまま、于子は今にも消えそうな声で答えた。

「嫌では……ありません」

 答えた途端、どくどくと身体の中を激しく血が走り、手のひらに汗がにじむ。息が浅く荒くなって、強く握り締めた手が小刻みにふるえる。