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薄紅の花びらが枝の端から端までを彩った。儚く繊細な、ふわりと柔らかな花びらは、空に舞い、風に揺れ、そうして地面に舞い落ちる。
渡殿で桜の木を見上げる于子に聞こえるのは、自分の動きにつらなる衣擦れの音と、時折遠くで鳴く鶯の甲高い声だけ。あと何度、鶯の声を聞いたなら、桜は全て散るのだろう。
単はできた。指貫もできた。あとは袍を仕上げるだけ。于子に操られた針は迷いなく進んでゆくけれども、針はあと数日もすれば進む先を失うのに。それでも針は進んでゆくの。ねぇ、それだったなら、わたくしは。
匂い袋を握りしめて、夕やけの空を見上げていた。
この匂い袋は、お返ししたほうがいいのかしら。
「ねぇあなた、結婚するんですってね?」
突然上から降ってきた声に、于子は驚いて肩をすくめる。振り返れば、太郎君の姉君である中君付きの女房だった。于子の顔は知らずしらずのうちに強張った。
「……式部殿」
掠れた声で応じる于子に向かって、式部が続ける。
「源の中納言様の四郎君と聞いたけど」
于子の戸惑いには構わず、式部は于子の隣に腰を下ろした。はい、と頷いて、于子はやむなく式部と向き合った。向き合っても伽羅が香らないのが、せめて心を落ち着かせた。
「へえ……。源の中納言様は、血筋の割に中々官職に恵まれない。邸のうらぶれかたも相当なもののようね。もうなりふりなど構っていられない。下賤と見下していた血筋と交ざろうとも、あなたの御父上が蓄えている財の恩恵を受けたいというところかしら」
中納言様を鼻で笑って蔑む物言いに、于子は目を見ひらいた。
「それは、わたくしの家も同じです。こちらには確かに財がありますが、父は六位の国守にすぎません。わたくしの父にも、四代前に源の氏を賜わられた貴いお血筋と結びつきを持ちたいという目論見があるはずです」
一気に言い立てたら、ふっ、と式部はふたたび鼻を鳴らした。そうして、「それであなたは結婚するの?」と、愉快でたまらないといった声で于子に問うた。馬鹿にされているのだろうか、と于子は唖然とする。
「はい。お断りする理由などございませんから」
相手が年長のため声だけは静かに保つよう努めたものの、随分生意気な物言いをしてしまった。おそるおそる式部の様子を窺う。式部は声をあげて笑った。于子の母が聞いたなら、はしたないですよ、と窘めるような笑い方だった。
