闇よりも濃い豊かな髪は、薄闇の中で艶めかしく揺らめくのですか。なよやかな指が肌を辿れば、熱の籠った息を吐くのですか。つややかに濡れたくちびるは、掠れた声であの方を呼ぶのですか。
頭から衣を引き被り、ひとときでも早く、夜が明けることを祈る。身体はひどく冷たいのに肌はじっとりと汗ばんでいて、早鐘を打つ心音がけたたましいほどに響いている。
そもそもが抱いてはいけない思いだった。だからそれをどうにか葬り去ろうとしていた二月前のある朝、ふとすれ違ったひとから伽羅の香りがした。振り返って、空に漂う伽羅を吸い込み、女房の後ろ姿を目に映した途端に、于子は愕然とした。その後も、幾人かの伽羅を纏う女房とたびたびすれ違った。その度に、于子はくちびるを噛んで目を伏せた。
肩を抱き、袖をぎゅうと顔に押し付ける。幾ら鼻を押し付けても、于子からは決して伽羅が匂うことはない。ただ、瞳から落ちた水の跡が衣を濃く染めるだけ。どうして、と掠れた声を吐き出した。特段に色を好むひとではなかった。ないのだろうと、思っていた。物語の中の公達のような振る舞いは、きっと、恋の遣り取りに慣れない于子の反応を面白がり、わざとそうしていたのだと思う。だって、袴の紐に手をかけられたことなどない。肌をなぞられたことなどない。髪を梳かれることすら、腕を引かれることすら、一度だってなかった。あったのは――ただ、髪に落ちた花びらを掬った指先と、色ごとめいた言葉だけ。
どうして、そんなことを。どうして、たくさんのひとと。
自分は問える立場などではない。問うことなど、そもそも許されないのに。
顔に押し付けた袖は次々に涙を吸っていく。涙が枯れるほどに泣けば、心の中に根を張ったものも枯れてしまうのなら良いのに。
太郎君からいただいた匂い袋は、もうとっくに香りが失せているのに。
頭から衣を引き被り、ひとときでも早く、夜が明けることを祈る。身体はひどく冷たいのに肌はじっとりと汗ばんでいて、早鐘を打つ心音がけたたましいほどに響いている。
そもそもが抱いてはいけない思いだった。だからそれをどうにか葬り去ろうとしていた二月前のある朝、ふとすれ違ったひとから伽羅の香りがした。振り返って、空に漂う伽羅を吸い込み、女房の後ろ姿を目に映した途端に、于子は愕然とした。その後も、幾人かの伽羅を纏う女房とたびたびすれ違った。その度に、于子はくちびるを噛んで目を伏せた。
肩を抱き、袖をぎゅうと顔に押し付ける。幾ら鼻を押し付けても、于子からは決して伽羅が匂うことはない。ただ、瞳から落ちた水の跡が衣を濃く染めるだけ。どうして、と掠れた声を吐き出した。特段に色を好むひとではなかった。ないのだろうと、思っていた。物語の中の公達のような振る舞いは、きっと、恋の遣り取りに慣れない于子の反応を面白がり、わざとそうしていたのだと思う。だって、袴の紐に手をかけられたことなどない。肌をなぞられたことなどない。髪を梳かれることすら、腕を引かれることすら、一度だってなかった。あったのは――ただ、髪に落ちた花びらを掬った指先と、色ごとめいた言葉だけ。
どうして、そんなことを。どうして、たくさんのひとと。
自分は問える立場などではない。問うことなど、そもそも許されないのに。
顔に押し付けた袖は次々に涙を吸っていく。涙が枯れるほどに泣けば、心の中に根を張ったものも枯れてしまうのなら良いのに。
太郎君からいただいた匂い袋は、もうとっくに香りが失せているのに。
