はなのゆめ

 右近の後ろ、庭を挟んで西の対へ繋がる渡殿を、艶やかな髪を引き摺りながら女房が進んでゆく。息を呑んだまま、養分を吸いつくされた木の幹のようにその場に立ちすくむ。目を逸らしたいのに身体が動かない。あのひとが――式部(しきぶ)殿が向かう先は、きっと。

「伊予」

 強張った手にすべすべとしたぬくもりが触れた。行きますよ、と美しい声に導かれ、腕を引かれ、于子は呆然と足を進める。一歩、そして、もう一歩。足先に触れる簀子は冷たい。身体の熱を容赦なく奪ってゆく。それだから、身体の感覚が失くなってゆくのだろうか。

 ひらり、と爪先の上に花びらが落ちた。は、と短い息を吐いて顎を上げると、茜色の風の中を花びらが舞っていた。影色をした小さな花びらは、ひらりひらりと降りてきて、吸い込まれるように于子へ舞い落ちる。影色だったそれは、于子の髪の上で薄紅色にたたずむ。

 ――どうして。

 右近に聞こえてしまわぬように、掠れた息の中に言葉を隠した。けれども言葉を隠しても、身体の芯から思いが込み上げてくる。心がどくどくと音を立てる。肌に冷たい汗がにじむ。不安定に小刻みに眼差しが揺れる。いけない、いけない、そのようなこと、思ってはいけない。いけない、いけない、いけない。頭の中でそう繰り返すたびに、息遣いが浅くなってゆく。

「ねえ伊予、太郎君はご自分で結婚をお決めになったの。だからきっと太郎君も、どうにもできないでいらっしゃるのよ」

 右近の美しい声が、遠くに聞こえる。