「優しい嘘で、私は振られた」

 次の日。

 教室に入った瞬間、空気が違った。

 ざわっとした視線。

 ひそひそ声。

 全部、分かりやすい。

「……」

 原因は、分かってる。

 昨日。

 一緒に帰ったこと。

 たぶん、誰かに見られてた。

「おはよ」

 後ろから声。

 振り向くと、彼。

 いつも通り。

 でも。

 その“いつも通り”が、もう違う。

「……おはよ」

 少しだけ、声が小さくなる。

「なにその反応」

「いや……なんか」

 周りを見る。

「見られてる」

「見られてるな」

 あっさり。

「……平気なの」

「別に」

 即答。

「隠す理由ないし」

 その言葉に、少しだけ胸がざわつく。

「……」

「なに」

「……なんでもない」

 本当は。

 ちょっと嬉しかった。

 そのとき。

「ねぇ」

 聞き覚えのある声。

 振り向く。

 あの女子。

「……」

 一瞬、空気が止まる。

「ちょっといい?」

 彼に向かって言う。

「今?」

「うん」

 少しだけ間。

「いいけど」

 あっさり。

 そのやり取りを見て、少しだけ胸がざわつく。

「……」

 でも。

 今は、逃げないって決めた。

「私も行く」

 気づけば、そう言っていた。

 二人が、同時にこっちを見る。

「……は?」

 彼。

「え?」

 女子。

「……なんで」

「別に」

 小さく言う。

「逃げないって決めたから」

 その一言で、彼が少しだけ黙る。

「……いいけど」

 三人で、廊下に出る。

 少しだけ離れた場所で止まる。

「……あのさ」

 女子が、少しだけ真剣な顔になる。

「昨日のことなんだけど」

「……うん」

 彼が頷く。

「ちゃんと聞けてよかった」

「うん」

「好きな人いるって言われて」

 少しだけ、息を吸う。

「ちゃんと諦められた」

 まっすぐな目。

 強い。

「……そっか」

「うん」

 少しだけ笑う。

「だから」

 一瞬、私を見る。

 そして。

「頑張ってね」

 にこっと笑う。

 その笑顔は、昨日より少しだけ軽かった。

「……ありがとう」

 彼が、短く言う。

「うん」

「じゃあね」

 それだけ言って、去っていく。

 背中は、まっすぐだった。

「……強いね」

 思わず、ぽつりと呟く。

「そうだな」

 彼も、小さく頷く。

 少しの沈黙。

「……で」

 彼が、こっちを見る。

「なんで来たの」

「……だから」

「逃げないって」

 言いながら、少しだけ恥ずかしくなる。

「……ほんとに変わったな」

「……なにそれ」

「前だったら絶対来てない」

「……まぁ」

 否定できない。

「でも」

 少しだけ顔を上げる。

「もう、逃げないって決めたから」

 まっすぐ言う。

 彼が、少しだけ目を細める。

「……いいじゃん」

 短く。

 でも。

 少しだけ嬉しそうに。

 その日の放課後。

 また、並んで帰る。

「……ねぇ」

「なに」

「未来の話」

 少しだけ、間。

「……うん」

「変わったと思う?」

 その質問に、少し考える。

「……分かんない」

「でも」

「変わってるといいなって思う」

 正直に言う。

 彼が、少しだけ笑う。

「もう変わってるだろ」

「……え」

「だって」

「今、隣にいるし」

 その一言で。

 全部、繋がる。

 あの未来。

 笑われた結末。

 でも今は。

 違う。

 ちゃんと、違う。

「……そっか」

 小さく笑う。

 胸の奥が、じんわり温かい。

 もう。

 あの未来には、戻らない。

 そう思えた。

 でも。

 まだ、気づいていなかった。

 “ズレ”は、まだ完全には消えていないことに。