「優しい嘘で、私は振られた」

「前からバレてたし」

 その一言で、思考が止まる。

「……は?」

 間の抜けた声が出る。

 バレてた?

 なにが?

「だから言っただろ」

 少しだけ肩をすくめる。

「変な顔してたって」

 ――あ。

 第8話で言われた言葉が、頭に浮かぶ。

『我慢してるみたいな顔』

「……じゃあ」

 喉が詰まる。

「なんで」

 震える声。

「なんで、何も言わなかったの」

 ずっと気づいてたなら。

 どうして。

 彼が、少しだけ目を逸らす。

 ほんの一瞬。

 でも。

 それが、答えみたいだった。

「……言えなかった」

 小さく言う。

「なんで」

「タイミングなかったし」

 短く答える。

「それに」

 少しだけ間。

「お前、逃げてたし」

 ――っ。

「……逃げてない」

 反射的に言う。

「逃げてた」

 即答。

「気づいてんのに、何も言わねーし」

「距離詰めると避けるし」

「そんなんで、どうやって言えって?」

 正論。

 何も言えない。

「……」

「それに」

 彼が続ける。

「もし違ったら、終わるし」

 その一言に、少しだけ胸が揺れる。

「……違わないじゃん」

 小さく言う。

「今はな」

 あっさり返される。

「でも前は分かんなかった」

 確かに。

 私は、何も言ってなかった。

 態度だけで。

 全部、分かってもらおうとしてた。

「……」

「で」

 彼が、少しだけ顔を上げる。

「お前は?」

「……なにが」

「なんで言わなかったの」

 その質問に、息が詰まる。

「……言ってた」

 小さく言う。

「未来で」

「それがなかったことになってるから、今こうなってるんでしょ」

 彼が、少しだけ苦笑する。

「ややこし」

「……ごめん」

 思わず言う。

「謝るなよ」

 すぐに返される。

「お前のせいじゃないだろ、それ」

 その言葉に、少しだけ救われる。

「……でも」

「私、逃げてたし」

 自分で言う。

 認めるしかない。

「まぁな」

 あっさり。

「めっちゃ逃げてた」

「……ひど」

「事実」

 即答。

 少しだけ、空気が軽くなる。

「……じゃあさ」

 彼が、少しだけ真面目な顔になる。

「今は?」

 その一言で、空気が変わる。

「……今はって」

「今も逃げるのかってこと」

 まっすぐな目。

 逃げ場なし。

「……」

 言葉が出ない。

「さっき言ったよな」

「違ったら逃げんなって」

 その通り。

「……逃げない」

 小さく言う。

 彼の目が、少しだけ細くなる。

「ほんとに?」

「……うん」

 頷く。

「じゃあ」

 一歩、近づく。

「もう一回言って」

 ――え。

「さっきの」

 逃げ場、なし。

「……」

 心臓が、うるさい。

 でも。

「……好き」

 もう一度、言う。

 今度は、さっきより少しだけはっきり。

 沈黙。

 でも。

 今度は、怖くない。

「……うん」

 小さく頷く。

「俺も」

 その一言で。

 世界が、止まったみたいになる。

「……は?」

「好き」

 あっさりと言う。

 でも。

 その声は、軽くない。

「前から」

 ――っ。

「気づいてたなら、そりゃそうだろ」

 少しだけ笑う。

 でも。

 その目は、真剣。

「……なんで」

 思わず聞く。

「なんで、あのとき」

 未来の話。

 あの笑い。

「だから、それは俺じゃないって言ってんだろ」

 少しだけ呆れたように言う。

「少なくとも今は」

「絶対そんなことしない」

 はっきりと。

「……」

 信じていいの?

 怖い。

 でも。

「……ほんとに?」

「ほんとに」

 即答。

 迷いなし。

 胸の奥が、じわっと温かくなる。

「……じゃあ」

 一歩、近づく。

 自分から。

「もう一回だけ」

 小さく言う。

「確認していい?」

 彼が、少しだけ眉を上げる。

「なに」

「……逃げないよね」

 最後の確認。

「逃げない」

 即答。

「お前が逃げなきゃ」

 少しだけ笑う。

「俺も逃げない」

 その言葉に。

 やっと、全部が繋がる。

 未来で失ったもの。

 今、取り戻したもの。

 全部。

「……じゃあいい」

 小さく笑う。

 彼が、少しだけ不思議そうな顔をする。

「なに」

「なんでもない」

 首を振る。

 だって。

 もう、分かったから。

 あのときの“未来”は――

 きっと、まだ決まってなかっただけ。