「優しい嘘で、私は振られた」

「……された覚えないけど」

 その一言で、思考が止まる。

 ――え?

「……なにそれ」

 やっと出た声は、かすれていた。

「覚えてないってこと?」

「いや、覚えてないとかじゃなくて」

 彼が眉をひそめる。

「そもそも、されてない」

 はっきりと、言い切る。

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。

 そんなはずない。

 だって――

「……したよ」

 小さく、でも強く言う。

「屋上で」

 あの日と同じ場所。

 あの夕焼け。

 全部、覚えてる。

「……してない」

 即答。

 迷いなし。

「俺、屋上でお前と二人になったことねーし」

 ――っ。

 息が詰まる。

「……嘘」

「嘘じゃねーよ」

 少しだけ、声が強くなる。

「いつだよ、それ」

 問い詰めるように。

 でも。

 答えられない。

 ――だって、それは。

「……」

 黙る。

 言えない。

 “過去に戻った”なんて。

「……いつ」

 もう一度、聞かれる。

 低く、静かな声。

「……前」

「前っていつ」

「……」

 詰まる。

 言葉が出ない。

「……はぁ」

 彼が、小さくため息をつく。

「なんか勘違いしてるだろ」

 その言葉に、胸がざわつく。

 ――勘違い?

「……してない」

 すぐに否定する。

 だって。

 あれは、現実だった。

 夢じゃない。

「してる」

 即答。

 迷いなし。

「じゃなきゃ説明つかねーよ」

 冷静な声。

 でも。

 その中に、少しだけ焦りが混ざってる。

「……じゃあ」

 喉が渇く。

 でも。

 聞かずにはいられない。

「なんで、笑ったの」

 小さく言う。

「……は?」

「私が……好きって言ったとき」

 声が震える。

 でも。

 止まらない。

 彼が、じっとこっちを見る。

 数秒。

 沈黙。

「……言われてない」

 低く、はっきり。

「一回も」

 ――っ。

「お前から、そういうこと言われたことない」

 その言葉が、胸に刺さる。

「……嘘」

「嘘じゃねーよ」

 少しだけ苛立った声。

「なんでそんなこと言うんだよ」

 困惑と、苛立ちと。

 混ざってる。

「……じゃあ、なんで」

 混乱してる。

 自分でも分かる。

 でも。

 止まらない。

「なんで、あのとき」

「だから、その“あのとき”が分かんねーって言ってんだろ」

 少し強く言われる。

 沈黙。

 風の音だけが聞こえる。

 でも。

 頭の中は、ぐちゃぐちゃ。

「……じゃあ」

 ふと、気づく。

 小さな違和感。

「……なんで」

 ゆっくりと、顔を上げる。

 彼を見る。

「さっき、“応援してくれてたのに”って言ったの」

 その一言で、彼の動きが止まる。

「……知ってるの?」

 あの会話。

 昨日の。

 私が、あの女子に言った言葉。

 数秒の沈黙。

 そして。

「……聞こえた」

 小さく、言う。

「たまたま」

 付け足す。

 でも。

 それだけじゃない気がする。

「……それだけ?」

 思わず、聞いてしまう。

 彼が、少しだけ目を逸らす。

 ほんの一瞬。

 でも。

 見逃さなかった。

「……それだけ」

 そう言う。

 でも。

 さっきの間が、引っかかる。

「……じゃあなんで」

 言葉が、自然に出る。

「なんで、あんなに必死なの」

 避けても。

 無視しても。

 何度も、追いかけてきて。

「なんで、そんなに――」

 その瞬間。

 彼が、一歩踏み出す。

 距離が、一気に詰まる。

「……お前が逃げるからだろ」

 低く、はっきり。

「なんで逃げんのか分かんねーから、追ってるだけ」

 まっすぐな目。

 嘘がない。

「……」

 言葉が出ない。

「勝手に決めて」

 続ける。

「勝手に終わらせて」

 少しだけ、声が強くなる。

「それで“どうでもいい”とか言われて」

 目が、少しだけ揺れる。

「納得できるわけねーだろ」

 ――っ。

「……」

 何も言えない。

 全部、正しいから。

「……なぁ」

 少しだけ、声が落ちる。

「ちゃんと話せよ」

 低くて、まっすぐな声。

「なんでそうなってんのか」

 逃げ場なし。

「……言えない」

 やっと出た言葉。

 小さい。

「なんで」

「……言ったら」

 喉が詰まる。

「おかしいって思われる」

 沈黙。

 彼が、少しだけ目を細める。

「……もう思ってる」

 ――え。

「十分おかしい」

 あっさり。

「だから今さらだろ」

 その言葉に、少しだけ力が抜ける。

「……」

「……言えよ」

 少しだけ、声が柔らかくなる。

「どんな理由でもいいから」

 その言葉に。

 胸の奥が、揺れる。

 ――言う?

 全部。

 過去に戻ったこと。

 未来で告白して、笑われたこと。

 信じてもらえる?

 分からない。

 でも。

 このままじゃ、ずっと――

「……私」

 ゆっくりと、口を開く。

「一回、未来に行ったの」

 空気が、止まる。