「優しい嘘で、私は振られた」

 放課後。

 チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が少しだけ変わる。

 ざわざわとした音の中で、私はただ座ったままだった。

 ――行かない。

 さっき、そう言った。

 だから、行かない。

 それでいい。

 それが正しい。

 そう思ってるのに。

「……」

 気づけば、視線が彼の方に向いていた。

 立ち上がる。

 鞄を持つ。

 そして――

 教室を出る。

 足は、校門じゃなくて。

 校舎の奥へ向かっていた。

「……」

 止まらない。

 止められない。

 分かってるのに。

 ダメだって。

 行ったら、後悔するって。

 でも――

 人気のない廊下。

 その先にある、階段。

 昼と同じ場所。

 足音を立てないように、ゆっくり近づく。

 声が、聞こえた。

「……好きです」

 ――あ。

 心臓が、止まるみたいに鳴った。

 聞こえてしまった。

 はっきりと。

 逃げるタイミングは、もうない。

「前から、ずっと気になってて」

 あの女子の声。

 少し震えてる。

 でも、真っ直ぐで。

「よかったら、付き合ってほしい」

 ――やめて。

 聞きたくない。

 でも。

 足が、動かない。

 少しの沈黙。

 数秒なのに、すごく長く感じる。

 息が苦しい。

 心臓がうるさい。

「……ごめん」

 その一言で。

 全部が、止まった。

 ――え。

 今、なんて。

「今は無理」

 続く言葉。

 低くて、はっきりした声。

「好きなやついるから」

 ――っ。

 息が、止まる。

 頭が真っ白になる。

 何も考えられない。

 でも。

 その言葉だけは、はっきりと残る。

「……そっか」

 女子の声。

 少しだけ、震えてる。

「そっか……」

 繰り返す。

 でも。

 泣いてない。

 ちゃんと、受け止めてる。

 強い。

「ごめん」

 もう一度、彼が言う。

「応援してくれてたのに」

 ――え。

 それ、知ってるの。

「ううん、大丈夫」

 女子が、小さく笑う。

「ちゃんと聞けてよかった」

 その声は、少しだけ強がってる。

 でも。

 ちゃんと、前を向いてる。

「ありがとう」

 それだけ言って。

 足音が、遠ざかる。

 静寂。

 その場に残るのは――

 彼、一人。

 と。

 物陰に隠れてる、私。

「……」

 動けない。

 さっきの言葉が、頭から離れない。

『好きなやついるから』

 誰。

 そんなの、決まってる。

 でも。

 でも――

「……いるなら、最初から言えよ」

 彼が、ぽつりと呟く。

 小さく。

 誰に向けたのか分からない言葉。

 そのとき。

 足音が動く。

 こっちに向かってくる。

「……っ」

 反射的に、息を止める。

 バレる。

 このままじゃ。

 でも。

 逃げられない。

 足音が、止まる。

 すぐ近く。

 距離、ほぼゼロ。

「……いるんだろ」

 低い声。

 すぐ目の前。

 でも。

 こっちを見てるわけじゃない。

 分かってる。

 でも。

 動けない。

「……見てたんだろ」

 ――っ。

 心臓が、跳ねる。

 バレてる。

 ゆっくりと、顔を上げる。

 目が合う。

 逃げられない。

「……なんで来たの」

 低く、静かな声。

 怒ってるわけじゃない。

 でも。

 優しくもない。

「……来るなって言った」

 その通り。

 何も言えない。

「……」

 沈黙。

 でも。

 彼は、目を逸らさない。

 じっと見てくる。

「……好きなやついるって」

 小さく、言う。

 声が、少しだけ震える。

「誰」

 聞いてしまった。

 聞くつもりなんてなかったのに。

 数秒の沈黙。

 彼が、少しだけ息を吐く。

「……ほんとに分かんない?」

 その一言に、心臓が止まりそうになる。

「……分かんない」

 嘘。

 でも。

 認めたくない。

 怖いから。

「……はぁ」

 小さくため息。

 でも。

 そのあと。

 一歩、近づく。

「じゃあ言うけど」

 距離、近い。

 逃げ場なし。

「俺が好きなのは――」

 その瞬間。

 頭の中で、あの光景がフラッシュバックする。

 屋上。

 告白。

 笑われた、あの瞬間。

「……やめて」

 反射的に、言っていた。

 彼が、止まる。

 目を見開く。

「……なに」

「……聞きたくない」

 小さく言う。

 でも。

 はっきりと。

「……は?」

「どうせ、違うから」

 言葉が止まらない。

 怖い。

 でも、止められない。

「……違うってなに」

 低い声。

 少しだけ、苛立ちが混ざる。

「……私じゃないでしょ」

 言ってしまった。

 ついに。

 核心を。

 沈黙。

 空気が止まる。

「……なんでそうなる」

 ゆっくりとした声。

 でも。

 その中に、明らかな感情。

「だって」

 息が震える。

 でも。

 止まらない。

「前、笑ったじゃん」

 ――言ってしまった。

 彼の表情が、止まる。

「……は?」

「告白したとき」

 震える声。

 でも。

 もう止められない。

「笑ったじゃん」

 全部、出ていく。

 溜めてたものが。

「……なにそれ」

 低く、はっきり。

 でも。

 その声には、困惑が混ざってる。

「……だから」

 視線を逸らす。

 見ていられない。

「私じゃないでしょ」

 もう一度、言う。

 それで終わらせるつもりで。

 数秒の沈黙。

「……いつの話」

 その一言で。

 空気が、変わった。

 ――え。

「そんなの、された覚えないけど」

 頭が、真っ白になる。