「優しい嘘で、私は振られた」

 次の日。

 教室に入った瞬間、違和感があった。

 ――静か。

 いつもなら、視線を感じるはずなのに。

 今日は、それがない。

「……」

 少しだけ、教室を見渡す。

 彼は、いた。

 でも。

 こっちを見ていない。

 普通に、友達と話してる。

 笑ってる。

 昨日までみたいに、こっちに来る気配もない。

 ……なんで。

 少しだけ、胸がざわつく。

 これでいいはずなのに。

 距離を取れてるんだから。

 望んでた状態のはずなのに。

 なのに――

 なんで、こんなに落ち着かないの。

「おはよー」

 明るい声がして、隣の席に誰かが座った。

 振り向くと、見慣れない女子。

 同じクラスだけど、あまり話したことはない。

「急にごめんね、ここいい?」

「……うん」

 戸惑いながら頷く。

「ありがと」

 にこっと笑う。

 人懐っこいタイプ。

 少しだけ、苦手。

「ねぇさ」

 いきなり、ぐっと距離を詰めてくる。

「○○くんと仲いいよね?」

 ――え。

 心臓が、ドクンと鳴る。

「……普通」

「えー絶対嘘」

 楽しそうに笑う。

「だってめっちゃ話してるじゃん」

「……前はね」

 小さく言う。

「今は違う」

「え、ケンカ?」

「違う」

 即答する。

 でも。

 それ以上は言えない。

「ふーん」

 少しだけ考えるような顔。

 そして。

「じゃあチャンスじゃん」

 ――は?

「私さ、あの人好きなんだよね」

 さらっと言う。

 軽いトーンで。

 でも。

 その一言が、やけに重く響いた。

「……そうなんだ」

 なんとか返す。

 普通に。

 何も感じてないふりで。

「うん」

 嬉しそうに頷く。

「前からちょっと気になっててさ」

 ……前から。

 その言葉に、少しだけ引っかかる。

「でもさ、なんかずっとあんたと一緒だったから」

 悪気なく言う。

「入りづらかったんだよねー」

 軽い言葉。

 でも。

 胸に、じわっとくる。

「……別に、一緒じゃないよ」

「いやいや、めっちゃ一緒だったって」

 笑う。

「でも最近違うじゃん?」

 その通り。

 何も言えない。

「だから今かなーって」

 にこっと笑う。

 その笑顔が、少しだけ眩しい。

「……応援してる」

 口から出た言葉に、自分で少し驚く。

 でも。

 それが正しいと思った。

 私はもう、関係ないんだから。

 好きじゃないって、決めたんだから。

「ほんと? ありがと!」

 嬉しそうに笑う。

 そのまま、立ち上がって――

「ちょっと話してくる!」

 彼の方へ向かっていく。

「……」

 止めなかった。

 止められる理由もない。

 資格もない。

 なのに。

 目で追ってしまう。

 彼のところに、その女子が近づく。

 話しかける。

 彼が、少し驚いた顔をする。

 でも。

 すぐに普通に返す。

 会話が始まる。

 笑ってる。

 距離、近い。

 ――近い。

 前の、私と同じくらい。

「……」

 胸が、ざわざわする。

 嫌だ。

 何これ。

 なんで。

 どうでもいいはずなのに。

 関係ないはずなのに。

 視線を逸らす。

 見ないようにする。

 見たら、余計に――

「……っ」

 でも。

 耳に入る。

 楽しそうな声。

 笑い声。

 距離の近さ。

 全部。

 授業が始まる。

 でも、全然集中できない。

 さっきの光景が、頭から離れない。

 なんで。

 なんでこんなに気になるの。

 どうでもいいって、決めたのに。

 休み時間。

 その女子が、またこっちに戻ってきた。

「やばい」

 開口一番、そう言う。

「普通に話せた」

 嬉しそう。

 キラキラしてる。

「めっちゃ優しかった」

 ……そっか。

 知ってる。

 優しいよね。

 あの人。

「ね、あんたの言ってた通りだね」

「……なにが」

「優しいってやつ」

 ――え。

「言ってたじゃん、前」

 ……言ってた?

 そんなこと。

「“あいつ優しいよ”って」

 ……覚えてない。

 でも。

 たぶん、言ってた。

 好きだったから。

 そういうところ、いっぱい見てたから。

「ほんとだった」

 にこっと笑う。

 その顔が、少しだけ刺さる。

「……よかったね」

 なんとか言う。

 普通に。

 何も感じてないふりで。

「うん!」

 元気よく頷く。

「ちょっと頑張ってみる」

 その言葉に、胸がぎゅっとなる。

 頑張る。

 そうだよね。

 好きなら、頑張るよね。

 普通は。

「……」

 ふと、視線を感じる。

 顔を上げる。

 彼が、こっちを見ていた。

 さっきまで笑ってたのに。

 今は、無表情。

 真っ直ぐ、こっちを見ている。

 目が合う。

 逸らせない。

 でも。

 すぐに、彼の方が視線を外した。

 何もなかったみたいに。

 その瞬間。

 胸の奥が、ざわっとした。

 さっきまでのざわざわとは、少し違う。

 もっと――

 嫌な感じ。

 もしかして。

 今の。

 見られてた?

 全部。

 あの会話。

 応援してるって言ったのも。

「……」

 分からない。

 でも。

 なぜか、少しだけ。

 嫌な予感がした。

 このままじゃ、きっと。

 何かが、大きく動く。