「番……」
私がつぶやくと、リリィと紹介された女性は柔らかく微笑み、軽く頭を下げた。
「初めましてっ、クリスティ様」
天真爛漫な、自信に満ちた態度。
そしてどこか、作り物のような微笑み。
「話を戻す」
ルシアン様の声が、再び私をレールの上に引き戻す。
「この婚姻は国のためのものだ。そこに私情は一切介在しない」
「ええ、承知しております」
私がルシアン様にそう淡々と返すと、ルシアン様は驚いたように、わずかに眉が動いた。
え、まさか私がこの方を好きだから嫁いできたとか、そんな風に思っていたのかしら?
いやいや、ありえないでしょう?
この婚姻は政略結婚。
私情なんてあるわけがない。
「……ならば話は早い。お前にはいくつか守ってもらう条件がある」
「条件?」
「あぁそうだ。……1つ、私に愛を求めないこと。1つ、私との子を望まないこと。1つ、私の1メートル以内に近づかないこと。この3つだ。破れぬ魔法契約で、契約してもらおう」
破れぬ魔法契約。
その名の通り決して破ることのできない魔法。
たとえば1メートル以内に近づけばすぐに弾かれてしまうし、愛を求めたり子を求め言い寄れば息を吸うことが出来なくなり、あらためなければそのまま死に至る。
つまり、私にお飾り王妃になれ、ということか。
まさか夫に既に番がいたとも思っていなかったけれど、それ以上に、ここまでして遠ざけようとするとは思わなかった。
「あぁ、安心しろ。お前が他の男と子を成すことは許可してやる」
静かなざわめきが広がる。
随分と思い切った条件だけれど、王妃に対して言うことではない。
それは侮辱以外の何ものでもないのだから。
けれどまぁ……合理的、ではあるわね。
むしろ納得がいく。
彼にとって私は、あくまで国の為に結婚しただけの“契約上の妻”。
ならば役割を限定し、不要な干渉を避けるのは理にかなっている。
……胸糞悪いけれど、ね。
「以上だ。受け入れられないのであれば──」
「受け入れますわ」
「!!」
ルシアン様の言葉を遮った私の言葉に、今度はルシアン様にはっきりとした驚きの表情が浮かぶ。
「……今、何と言った?」
「全ての条件を受け入れると申し上げましたわ」
私はにっこりと微笑んで答えた。
「その代わり、私からもよろしいでしょうか?」
「っ……何だ……?」
私は一歩、踏み出して、まっすぐにルシアン様を見上げた。
周囲の人々が息を呑み、私達を見守る。
「私の行動に、過度な制限を設けないでいただけますか?」
ルシアンの目が細められる。
「……どういう意味だ」
「私は私なりに、この国で生きていきます。もちろん、王妃としての仕事もきちんとさせていただきます。ですが、私がこの国で暮らすにあたり、自由を奪わないでいただきたいのです。ルシアン殿下とリリィ様に干渉しない代わりに、私にも、干渉しないでくださいまし。それと同時に、私に課した契約を、ルシアン様ご自身にも契約を課していただきたい。番のいるルシアン様のことですもの。あの契約内容をご自身にも課したとして、痛くもかゆくもございませんでしょう?」
「っ……お前は……っ」
私のはっきりとしたその要求に、ルシアン様が驚きの表情のまま言葉を無くす。
隣のリリィ様も、大きな瞳をさらに大きくさせてこちらを見つめる。
しばらくの沈黙ののち、やがてルシアン様は、短く息を吐いた。
「……いいだろう。──術師、契約を」
興味を失ったように視線を外してから、傍に控えていた術師に命じるルシアン様。
そして術師は私とルシアン様の間に立ち、両手をかざすと、その両手から溢れる光が私達を包んだ。
「ルシアン・ロウド・ウルバリス。クリスティ・アルシェイル・ウルバリス。二人に3つの契約を結ぶ。生涯、決して破ることも解呪することもできぬ契約である」
あふれ出し私達を包み込む光が、すぅっと身体に入っていった。
ただ、それだけだった。
歓迎も、祝福もない結婚。
ただの契約成立。
けれどまぁ、十分ね。
私は心の中で頷いた。
愛されないことは最初から分かっていたし、求めてもいない。
けれど、私が生きるのを邪魔しないなら。
私に、自由があるのなら、それでいい。
この国でどう生きるかは────私が決める。
こうして私は、マルボロからウルバリスになった。
契約で固められた、”偽物”の王妃に────。



