3つの契約を課したのはあなたですよね?


「うぁぁん!! お兄ちゃんが……お兄ちゃんががぁあああ!!」
「駄目よ!! すぐに逃げるのよ!! あれはもうお兄ちゃんじゃないわ!!」

 町の中心である中央広場。
 逃げ惑う人々に混ざって。泣きわめく小さな獣人の子どもを引きずるようにしてその母親が逃げていく。
 会話の内容から、暴走した身内に襲われたのがわかって、胸が痛む。

「愛する人を求める衝動が、自分の愛する身内をも危険にさらしてしまうだなんて……。なんて悲しい衝動なのかしらね、番衝動というものは……」

 そこへカラカラと音をたてて馬車が到着し、中から出てきたのは、我が夫であるルシアン様と、その番であるリリィ様だった。
 きっと報告を受けて、さすがの国王も出て来ざるを得なくなったのね。
 後ろからたくさんの獣人騎士達も到着して、ルシアン様を守るように周囲を警戒する。
 片やこちら──王妃は護衛のカイルただ一人。
 なんて差だ。

 ふと、ルシアン様の黄金の瞳が私達を捕え、大きく見開かれた。

「何でお前が……」
「様子を見に来ましたの。一応、仮にも、王妃なので」
 あまりの待遇の差を前におどけてみせた、その時──。

「うっ……」
「リリィ!?」
 突然、ルシアン様の隣で彼の腕に絡みついていたリリィ様が、苦しげに崩れ落ち、膝をついた。

「っ……は、ぁ……」
 呼吸が乱れて、額には汗が浮かび上がる。

 これは……限界が来た、ということかしらね。
 仮説が真実味を帯びて納得する私を横目に、ルシアン様は何が起きているのか理解が出来ていないままただただパニックになる。
 
「どうした! 何が起きている!」
「だ、大丈夫……です……。少し……力を使いすぎただけ……」
「力? 一体何のことだ……?」
「っ、あ、い、いえ、何でも……」

 無理に笑って見せるリリィ様は儚いヒロインのように見えるけれど、よっぽどギリギリの状態なのでしょうね。
 取り繕うのにも無理が来ているわ。

「大丈夫、ですから」
 そう言ってリリィ様がルシアン様の頬に触れた瞬間──。
「……っ」
 ルシアンの顔が、ひどく歪んだ。

 初めて見せる、安堵ではない、違和感を感じたかのような表情。
 限界、ね。
 リリィ様の力が揺らいで、彼女が放っている擬態された番の匂いがルシアン様にわからなくなってきたんだわ。

「リリィ……これは……」
「大丈夫、です……」
 彼女は縋るように言う。

「私は……あなたの、番……っ」
 その言葉がひどく軽く響いて、リリィ様は意識を手放した。
 それでもまだ、力は放出し続けているよう。
 驚いた。限界なのに、まだ無理矢理力を振り絞ろうとするだなんて。

「リリィ? おい、リリィ!!」
「“限界”を超えたんですわ」
 私は彼らに視線を向けることなく、ただ淡々と言い放った。

「だけど、いくら限界を超えようとも……偽物は、本物にはなれない」
 それだけ口にしてから、私はカイルの方へと振り返った。

 「行くわよ、カイル」
 「はい」

 今日、この国は……一度壊れる。
 そして────。

「新しくするわよ、このどうしようもない野生の国を」