「律〜〜僕これから大学に行くけど、律も一緒に行く?」
玄関で靴を履きながら中にいる律に声をかけた。
「もう行く時間?今日は何限目からなの」
律が玄関にやってきた。
「2限目からだから〜10時半からだよ」
「そうかー」
「あれ?今日は一緒に大学に行かないの?」
「うん、ジュンがこの街は初めてだから、周りを散歩してみたいって言ってるんだ。折角だから俺が移動できる範囲内で連れて行ってやろうかなぁと思って。」
「ふーーん、そうかぁ、なら僕が大学終わってから一緒に……」
その時、ジュンが律の背後からひょっこり顔を出した。「四温さん、すいません。僕、今まで外を自由に歩いた事がなくて…。
生きてる時は体が弱かったから、出歩く事もそんなに無かったし、土地勘も無いしーー。
だから律さんに少しだけでもいいから外を散歩してみたいってお願いしたんです。
午前中の外の空気を吸ってみたいなぁーって。
あっ、四温さん、もう出なきゃいけない時間でしょう。
大学遅刻しますよ。さぁさぁ〜早く、早く、いってらっしゃーーい」
ジュンが僕の背中をグイグイ押してくる。
「う、うん。ちよっと…」
玄関のドアがバタンと閉まった。
なんだか僕、邪魔者扱いされてないかなぁ??
ほっぺたを膨らせながら大学に向かった。
「律さーーん、こっち、こっち」
ジュンはよほど外を散歩するのが嬉しいのか、辺りをキョロキョロ見て回っている。
「こんな所に川が流れてる!しかも小さな魚がいるよ」
「あー、アサガオが咲いてる!!」
「えっ、ここにはツユクサが自生してる」
ジュンは道端に咲いているツユクサをしゃがみ込んで見始めた。
「ツユクサとか知ってるんだ。花は見た事あったけど、名前までは知らなかったなぁ」
「うん、入院してる時に本で見たよ」
色々寂しい思いをしてきたんだろう。
俺も四温に会うまでは心細かったからなぁ。
「律さんは幽霊になってどの位経つんですか?」
「俺はぁー、そうだなあ、6月の頭だから〜」
「へえ、僕よりちょっと早いんだぁ
律さんは何か思い残す事があったんですか?だからここにいるとか?」
「・・・・・・うーん、どうなんだろうなぁ」
「僕は普通の生活がしたかっただけなんですよね。
誰かを好きになって、一緒に下校して〜。
あっ、あそこにクローバーが咲いてる」
その後もジュンの好奇心は途切れる事が無かった。
あどけないジュンを見ていると笑顔になれるのに、何処か胸が締め付けられる、そんな不思議な感覚を覚えた。
「ジュン、嬉しいのは分かるけど、あんまり走り回ると転ぶぞ。今迄そんなに走ったり動いたりしてこなかったんだろう」
「大丈夫だよー。これぐらい、、、わわわっ」
言わんこっちゃない……
今まで体を動かす経験をしてこなかったジュンは足がもつれて転びそうになった。
「あっ!」
俺はジュンの腕を掴んで自分のほうに引き寄せた。
ジュンはクルッと向きを変えて、俺の胸の中に飛び込んできた。
よかった。転ぶ事はなかった。幽霊でも転んだら怪我とかすんのかな?まぁそんな事はどうでもいい。
「大丈夫か?いくら動けるようになったからって、急には無理だよ」
俺はジュンの顔を覗き込んだ。
あれ?ジュンが動かない。
「どうした、ジュン?あっ、ごめん!!
腕を引っ張ったから痛かった?」
「ううん、違う……びっくり…しただけ。ごめんなさい」
「いやいや、俺の方こそごめん、
散歩なんていくらでも付き合うからさぁ、今日はゆっくり歩きながら帰ろうか」
「うん、そーする」
その時の俺は、ジュンの顔が赤く照っている事に全く気が付いていなかった。
部屋に戻る途中の道で四温に会った。
「おーーーい、四温ーーっ!学校の帰りか?」
「あっ、律!今戻るところ、一緒に帰ろ〜」
俺と四温は並びながら歩き始めた。
「どこに行ってきたの?」
「俺達?えっとー、そこら辺をブラブラしてたら神社があったんだよ。その神社の隣に川が流れててさぁ。そこで魚を見て、そのまま歩いてたら道端にツユクサが咲いててさぁ。
あっ、ツユクサって知ってる?
青紫色の花びらが2枚ついてて真ん中のおしべとめしべみたいなのが黄色くてさぁ〜。
ツユクサって今が時期だったんだなぁ。
ツユクサを見てから公園でちょっと休憩して戻ってきた。
空気も澄んでて、あてもなく散歩するのもたまには良いよな。もうちょっと早い時間に行っても良かったかも」
「へえー、いいなぁ、今度は僕も一緒に…うわっ!」
せっかく律と楽しく話をしているのにジュンが僕と律の間に割り込んできた。
「僕ももうちょっと早い時間に外の空気を吸いたいなぁ」
おいおい、なんで律の体にまとわりつきながら話してるの?
パーソナルスペースって無いのかよぉ〜。
ちょっと、ちょっと、待ってよ!
オマケにそんなかわいい顔して律の事を見上げてー。
もうーっ、マジでやめて欲しいんですけど!!!
僕は大人げなくそっぽを向いた。
*****
そんなこんなで今までの静かだけど、楽しい2人きりの生活にはピリオドが打たれた訳で〜。
しかも最近のジュンは以前にも増して律に甘えるようになった気がする。
律と僕が2人で並んでテレビを見ているとジュンが間に入り込んだり…
律が出かけようとしゃがんで靴を履いていると、後ろから抱きついて
「連れてって〜〜」って甘えてみたり。
僕がバイトから帰ってきて、律が僕の為にコーヒーを入れようと台所に立つと、横にジュンが並んでそれを見ていたり……。
これはどう考えても、僕への牽制ーそう思わずにはいられない。
いくら可愛くて、弟キャラのジュンでも、律は僕の大切な人。やすやす譲る気なんてない。
ジュンの気持ちを確かめなくては!
明日は土曜日、ジュンを散歩に誘い出して気持ちを聞いてみようと思う。
「ねぇ、ジュン君、いつも律と2人で散歩してるからさぁ、たまには僕と2人で散歩してみようよ」
「えーーーっ、なんで2人なんですか?律さんも一緒がいい〜。3人で行けばいいじゃないですか?ねえ、律さん。良いでしょう」
「うん、そうだなぁ〜3人でかぁ。
でも確かに四温とは出掛けてないよな〜ジュン。
丁度俺も調べたい事があるから、よかったら2人で行ってきてよ。」
「ちえ〜〜っ、なんだぁ」
ちぇって何だよ、ちぇって………
「じゃあ、明日の9時半に部屋を出て丘の方に行ってみようよ。
そっちの方には行ってないよね?」
「はーい、分かりましたぁ」
なんで膨れっ面なわけ?
でもとりあえず約束は取り付けた。
土曜日の朝
青く澄み渡った空には雲が1つもない。
僕は大きく深呼吸をした。
少し高い位置にある丘の空気は澄んでいて美味しいって感じる。
「ジュン君も深呼吸してみたら?すごく気持ちがいいよ」
「四温さん、僕に何か聞きたい事があるから、2人で散歩しようって誘ったんじゃないんですか?」
なかなかの直球に少したじろいてしまった。
「えっとぉ〜、あっ、ジュン君は生前、体が弱かったんだよね…?
その時に何かしたかった事とか、こうすればよかったなぁとか思う事ってあるの?」
最初は、当たり障りのない会話からスタートしたい。
これって誰でも思う事だよね
「何かしたかった事〜〜そうだなぁ
僕は戦隊モノのドラマをよく病院のテレビで見てたんです。毎週毎週ドラマを見て、それを絵に描いて。
ずっとヒーローに憧れてたんです。
ヒーローになりたかったっていうか、ヒーローに恋してたのかも。
こうすればよかったなぁって思うとしたら、律さんにもっと早く会えてればよかったなぁて思います」
凄いど直球の答えが返って来たけど〜。
一瞬たじろいでしまった。
「あのさぁ、単刀直入に聞くけど、ジュン君は律の事が好きなの?」
ジュン君が僕の顔をじっと見ながら、少し考えていた。
「 ・・・・・・・・・・ 」
「四温さんって、律さんといるから幽霊とかが見やすい体質に変わってきてると思うなぁ〜〜。
だって僕の事も見えてるし…霊感が強くなってるのかもぉー。
変なのに取り付かれる前に律さんと離れたほうがいいかもしれないですよ〜」
「はぁっ??何言って」
「僕と律さんは同類だし・・・確かに四温さんはイケメンでかっこいいけど、可愛さで言えば僕の方が上かも〜なんて」
「んんんんんん??」
「四温さん、律さんは僕のヒーローなんです。ヒーローと恋に落ちて、僕はやっと天国に行けるんです。だから四温さんは律さんの事を諦めてください。
四温さんにはこれからいくらでもお似合いの人が出てきますから!」
なに勝手な事言ってるの?
そんなの無理に決まってるだろうおぉ〜〜。
「ダメーー、絶対無理!」
「えーーーっ、やっぱり四温さんも律さんの事が好きなんだぁ。まあ、分かってましたけどね。僕は僕のやり方でいきますから!恨みっこ無しですよぉ!」
いきなりの宣戦布告?!
なんか、ちょっとジュンに押されてる気もするけど。
「受けて立つ!」
売り言葉に買い言葉、気づけば口にしてしまっていた。
「僕も負けませんから!」
その頃、俺はパソコンを開いてあれやこれや考え込んでいた。
どうしよう。調べるべきか調べないべきか。
検索すれば、すぐヒットするだろう。
”2026 6月 大学生 交通事故 ”
たったこれだけの文字を入力することがなかなか出来ないでいる。
もし『死亡』なんて、言葉が出てきたら?
入力しては消し、入力しては消しを繰り返した。
でも、やっぱり真実が知りたい!
俺はエンターキーを思い切って押した。
パソコンの画面には
事故に遭った大学生、病院に運ばれる。
と言う文章が載っていただけ。
世間一般には、よくある事故扱いだった。
「そうか…」
俺の体はもうないのかもしれない・・・
いや、まだ可能はある?
一体これからどうなるんだろう。
俺はパソコンの画面を閉じた。
「そう言えば四温達、今…何処らへんにいるんだろう」
俺も一緒に行こうかな・・・
部屋を出て、鍵を閉め丘の方へ歩き出した。
その頃、僕とジュンは横に並んで歩いていた。
その時、前から律が歩いてくるのが見えた。
「おーーーーーーーーーい、リツぅーー」
1番最初に気づいた僕が手を振った。
律も僕達に気づいて、手を振り返してきた。
「律さーーーーん」
ジュンが律の方にかけよって、律の腕に抱きついた。
「調べ物が終わったから、俺も一緒に行こうと思って探しに来たんだ」
「やったー。もう戻ろうと思ってたんだけど、一緒に散歩の続きをしようよ〜」
ジュンが律の腕を掴んで、あっちの方に行こうよーと指刺している。
僕を追い越して2人が歩き出した。
僕は2人の後について行った。
律の隣はいつも僕だったのに・・・
律の隣が僕の定位置だと思っていた。
なのに今はジュンがその定位置にいる。
あれは、僕の勝手なうぬぼれだったのかなあ。
そんな寂しい気持ちで、律の背中を眺めていた。
その時律がハッとした様に、僕の方に振り返った。
「ほら、四温、早くおいで。俺、歩くの早かったかなぁ。」
僕の方に右手を差し出した。
律が立ち止まって、僕が追いつくのを待っている。
いつもの優しい笑顔
「ううん、今行く」
差し出された律の右手…僕はこの手を握り締めようとした。
その時、ジュンの凄い顔に気がついた。
今までそんな顔をして笑う律を見た事が無いとでも言いたげな。
「だめーーーっ」
ジュンが僕を突き飛ばした。
「えっ??」
ジュンってこんなに力あったっけ?
視界がスローモーションに見えた。
僕はそのまま後ろに倒れそうになった。
「ヤバい」
僕達が歩いていたのは坂道。
「四温!!」
律が僕の腕をつかんだ。
僕と律はぐるんと一周回って後ろに倒れ込んだ。
「いててててっ・・・・・あっ、律!!」
律が僕を抱きしめてくれたお陰で、なんとか怪我は無さそうだけど律が動かない。
「りつぅぅ、しっかりして」
「あーっ、何とか・・大丈夫・・四温は大丈夫なの?」
「うん、律のおかげで……でも律は?本当に大丈夫なの?」
「ちょっとびっくりしたけど、………そんに転がらずにすんだみたいだな…充電は何%残ってる?」
僕は慌ててポケットからスマホを取り出した。
「 えっと、57%」
その時ジュンがすごい勢いでかけ寄ってきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。律さん、ごめんなさい。まさかこんなに力が出るなんて思わなくて、僕・・・」
今にも泣き出しそうな顔をして律の横にしゃがみ込んだ。
律はヨイショッと起き上がって服についた砂を軽く払った。
「大丈夫だよ。心配すんな、この身体だから怪我なんてしないよ。さっ、帰ろうか」
心配しているジュンの頭をポンポンと叩いた。
僕達3人は、そのままアパートへと戻っていった。
部屋に戻ってからもジュンはしょんぼりしていて元気がない。
「ジュン、なにも気にしなくていいからな」
律がジュンにそう声をかけた。
「でもぉ〜」
「逆に良かったと思ってるんだ」
「えっ?」
「四温に怪我がなくってさ…。
ああいう時に、とっさに四温の腕を掴んで守れたことが、俺は嬉しいんだ。
考える事なんてしなかった。ただ体が勝手に動いてた。人の体が無くても大切な人を守りたいっていう気持ちは残ってるんだって。守ってやれたって。
そう思えたから俺は嬉しいんだよ。」
「律さん・・・・うん、分かった、ありがとう」
壁の向こうで聞いてた僕は自分の胸を小さくトントンと2回叩いた。
そうでもしないと涙が出そうだったから。
もし僕だったら律を守ることが出来たのかなあ?
その日の夜、僕は初めてジュンの夢を見た。
ごめんなさい、律さん、四温さん。
僕、2人を傷つけるつもりなんて無かったんだよ。
僕は四温さんが羨ましかったんだ。
四温さんは優しくて、かっこよくて、お人好しで。
元気に動き回れて、見ていて悔しかった。
いつも律さんに大切に思われている四温さんになりたかった。
僕は僕のヒーローをずっと探してた。
そのヒーローは律さんだと思ったんだ。
ヒーローと恋をしたら思い残す事は無い。
そう思ってたんだけど、本当は違ってた。
ヒーローと恋をしたいんじゃなくて本物の恋を探してたんだって。
律さんが自分を犠牲にしても四温さんを守ったのを見たとき気が付いたんだ。
僕、天国に行けそうです。今までありがとう。
最後に別れの挨拶を・・・。
朝、目を覚ましたらジュンの姿はどこにも無かった。
律はまだ寝ているみたいだった。
部屋の中を隅から隅まで探してみたけど、やっぱりいない。
そうか、やっと行(逝)けたんだ。
目を覚まして起きてきた律に夢の話をした。
律も同じ夢を見たらしい。
「いざ居なくなると寂しいもんだね…もう少しだけ一緒にいたかったなぁ〜」
「えっ、いいの?」
僕の言葉に律がびっくりして聞き返してきた。
「何が??」
「何がって?・・・」
んん?
律の様子がおかしい
「何かあったの?」
「えっ?四温と俺は同じ夢を見てたんだよな?」
「そーだと思うけど」
「いや、なんか、あの、夢の中で俺、ジュンに最後にキスされたんだけど」
「・・・・・・・・き・・す・??」
「あれ??そこは見てないとか?
いやぁ、なんでだろう?
あっ、あのぉ〜、キスって言ってもすんごい軽い、ほらチュッて感じの…。ちょっと唇が触れるくらいのぉ」
どー言う事?!?
その時ジュンの声が何処からともなく聞こえてきた。
「僕、キスもしたことなかったんです。やっぱりキスぐらいはして旅立ちたかったんですよね〜〜。
夢で見せようと思ったのに四温さんが思った以上に早く起きちゃったから。
これは僕のせいじゃないですから〜〜。
じゃあ行ってきます!」
・・・・はあ??・・
僕は、律の事をじっと睨みつけた。
律はバツが悪そうにキッチンの方に逃げていってしまった。
キスされたのは悔しいけど、ジュンの気持ちも分かる。
今回は忘れてあげよう。
ジュンは心置き無く旅立てたようだから。
僕は肩の力が抜けた気がした。
「あぁーっ、でも、ちょっと楽しかったよ」
僕の彼氏、やっぱりすごいなって思う。
幽霊に恋されて成仏もさせちゃうなんて。
彼氏……って言っていいよね?
さすが僕の彼氏!!

