ディリート うその世界で それでも僕達は生きていた

「僕、これから居酒屋のバイトに行ってくるから」
「あーそうだったね。何時まで?」
「今日は24時までだよ」
「わかった。気をつけて行ってこいよ。なんなら迎えに行こうか?」
「大丈夫だよ。一人で帰れるし、子供扱いすんなよ」
「四温の方が俺より1つ下だからさ」
「そんなに変わんないでしょう」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ、行ってきまーす」

最近、居酒屋でバイトを始めた。
こじんまりとした、それほど大きくない20人位が入れる居酒屋。

「いらっしゃいませ、お二人様ですか?こちらにどうぞ」
テーブル席に2人組の女の人を案内した。
「とりあえず生ビールを2つお願いします」
「はい、ありがとうございます」
「生ビールの注文入りました。2つお願いします。」
僕は、オーダーを厨房に通した。

「はい、生2つ、ヨロシク」
厨房から出てきた生ビールをお客さんの席に運ぶ。
「あと、焼き鳥2本とポテトサラダ、厚揚げもお願いします」
「はい、ありがとうございます」
注文の確認をして、オーダーを通す為に厨房に入っていった。
その時、僕より少しだけ先に入ったバイトが
「おい、お前さぁ、そのオーダー通したらこの料理あっちのお客さんに持っててよ」
「えっ、でも僕こっちの」
「いいから、これを持ってけって言ってるんだよ。
あとさぁ、ここの皿洗いもついでにやっといてくれよな」
「でも、今日のシフトは…」
「つべこべ言わずにやればいいんだよーっ」

少しだけ先に入ったからって何なんだこいつは。
しかも店長がいないと、いつもこんな感じ。
少しイラついた。
「なんで自分でやらないの?」
バイトの女の先輩が僕をかばってくれた。
「だって皿洗いなんて面倒くさいだろ」
「面倒くさいって……今日の仕事はそれでしょう」

「あんな坊っちゃんには色んな仕事をやらせて、働く大変さを教えてやらなくちゃいけないんだよ。
どうせ大学で遊んでんだろう」
「それってただのひがみなんじゃ?」
「うるせーよ」

僕は彼女に「大丈夫だから、ありがとうございます」とお礼を言ってさっさと皿洗いを片付けた。
なんだかんだ24時までやり切った自分を褒めてあげたい。

バイトを終えてアパートに戻る途中…
「僕なんて学校行って、バイトして家賃も払ってるんだよー!大変さは同じじゃないの?」
なんてついつい自分自身に愚痴ってしまった。

「ただいま〜、あぁ疲れた」
部屋のドアを開けて玄関にバタッと倒れ込んだ。
「お疲れ様」
律が笑顔で出迎えてくれる。
待っててくれたんだぁ
「コーヒー飲むだろう。今、入れるから」
「ありがとう」
「牛乳は?たっぷり入れる?」
「うん、牛乳多めで!」

律が入れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「美味しい…」
なんでこんなにコーヒーが身に沁みるんだろう?

でも律は僕がコーヒーを飲む姿をニコニコしながら見てるだけ。
まだコーヒーを飲む事が出来ない。

「僕だけ飲んで、なんだか申し訳ないなぁ」
「気にするんなよ、バイトはどうだった?なんもなかった?」
「あーっ、今日さ…」
律は僕の話をいつも最後まで聞いてくれる。
否定も肯定もしない。ただ、うんうんって頷くだけ。
でもそれがどれだけ僕の心を落ち着かせてくれているのか…
律は知らないんだろうけどね・・・。


*****


今は8月、まだまだ暑い日が続いている。
俺と四温はクーラーの効いた部屋でソファに座ってビデオを見ていた。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん、ビデオはとめておくよ」
四温がトイレに立ってすぐに

「うわー、助けてえぇーーーっ、きもいーーーっっ」
叫びながら、部屋に戻ってきた。
「何、どうした?」
「Gが……………Gが……………」
「ん??G??」
「だからぁーーーGだよぉ!!ゴキブリがぁ、うわぁ!
律ぅーーなんとかしてよぉ」
「ぎゃあーーーーーうわーーーひーーっ」
「こっちに来たぁぁーーーー」
「俺もマジで無理!!なんでこっちに飛んでくるんだよぉ!普通は逆の方向に逃げるだろおぉぉ」
「早く、早く、やっつけてぇぇぇ、律、幽霊なのにゴキブリ怖いの??」
「そんなの、幽霊とか関係ないわぁ」
こんな罵り合いが続いた後、やっとGは葬り去られた。

俺が幽霊だからと言うわけではないが、ホラー系は割と強い方だと思う。
でも、Gだけは無理だ。
黒くテカテカ光ったボディーに長い触覚、
手足は、節張っていてそのフォルムを思い出すだけでも気持ちが悪い。
2人だからこそ、罵り合いながらでも退治できた。

何とかなったー。
ホットしたと同時に俺はふっと気がついたんだ。

幽霊なのに……
そう、俺は幽霊なんだよな。
今はAIの画像という器の中で人の目に映る事が出来る。そして思いも伝える事が出来る。
半分幽霊、半分人間…いや、AI?
俺はこの器の中から出る事が出来るのか?
そう言えば出る方法なんて知らない…。

入る事は出来たけど、あれはたまたま…というか、異変が起きたからー。
幽霊って電磁波とか周波数がどうのとかってよく言われてるからね。そこが関係したのかもって。
俺もよく分からないんだけど(笑
もしこの器から魂が抜けたら俺はどうなってしまうんだろう??ただ、前の状態に戻るだけ?
それとも消滅してしまう?
いや、このままいても、充電が切れたら俺自身がなくなってしまうかもしれないし・・・
一回試してみる?
どうなるかなんて…そんなの分からない
取り敢えず念じてみようかな。
抜けろー抜けろー、俺の魂!!
アレ?なんの変化もない

「なあ、四温、俺の魂がこの器から抜けたらどうなると思う?」
「器?あっ、AIの画像からって事?」
「そう」
「抜けたいの?もし抜けたらもう戻れなくなるかもよ」
「そうだよな。この世にいないかも知れないしなぁ。
抜けた途端に成仏したりして…」
四温は俺の顔をじっと見つめている。

「兎に角一回挑戦してみる?僕、見てるから。
様子がおかしいと思ったらストップ!って言うからその時はやめてね」
「分かった」
俺は指先に意識を集中して抜け出すイメージをした。
指先がボワッーと熱くなってくる。
でもただそれだけ。

「はぁはぁ、やっぱりダメだ」
何回か練習したらコツが掴めるのかもしれない。
「指先が少し光ってたよ。もしかしたら…」
「いや、あんまり無理な事をして戻れなくなっても困るから」
「そっかぁ〜、そうだよね」

俺はもうそれ以上の事をするのはやめた。
だって四温が凄く寂しそうな顔をしてたから。
四温本人は気づいて無いんだろうけど…

なんでそんな風に思うんだろう?

何もしなかったら、俺はこのままずっとAIの器の中に閉じ込められたままなんだろうなー。
もし抜け出せたら、ただの幽霊に戻るだけ?

このままの体でも四温と一緒だったらなんとかなる気がするんだよな。なんか変だよな、俺。