ディリート うその世界で それでも僕達は生きていた

僕がお風呂から上がると、律が部屋の窓を開けて空を見ていた。
夕方の6時。まだ外は明るかった。

「律、どうしたの?」
このまま消えてしまいそうな横顔に妙な胸騒ぎがする。
「いや、別に・・」
「別にじゃないだろう、何でも無いなんて顔してないよ」
「うーーん、考え事してた。いろいろ…

なんかさぁ、俺はいつ死んだんだろうって」
「えっ?」

「6月1日に事故にあったのは覚えてるんだよ。
でも、その後の記憶がなくてさぁ
自分の事なのに全然分からないなんて最悪だよ。
もし仮に生きてたとしたら…ここに俺がいるなんて不自然だと思わない?
と言う事は…って考えちゃうんだよ。

幽霊になって彷徨ってた所を四温に見つけて貰って、、、。
アクシデントでAIに取り込まれたけど、こうやって皆んなに気づいて貰える体も手に入れた。
たとえ制限付きだったとしても、俺には幸せな事なんだって分かってる。
でもさ、だんだん欲が出てきちゃうっていうのかなぁ。
これって本当に俺がなりたかった事なのかなって。

大学の友達はどーしてるんだろう?俺の事なんて忘れちゃったのかな?とか弟にも会いたいな〜、あいつ、ちゃんと勉強してんのかなあとか。

母さんの作った飯、もう一度食べたいな。父さんは今日も仕事で遅いのかなあ…とか考える事が多くなって。

でも一番怖いのはこの体をいつまで維持できるんだろう・・・って事なんだ。
いつか消えちゃうんじゃ無いかって思うと怖くて仕方が無いんだよ。
ー俺の居ない世界ー を想像するとさぁ。

なあ、忘れられる怖さって考えたことある?

四温の中から俺が薄れていくかもしれない、、、
一緒に生きた証が無くなるかもしれない。
つながりが絶たれることが怖いんだ。特別だった時間までも消えてしまいそうでさ。

逆に歳も取らずにずっとこのまま生き続けるとしたら・・・
それなら、いっそ、この体から抜け出して元の幽霊に戻った方が楽じゃないかって思う事もあるんだよ。

俺は四温と同じ時を生きていけない。

俺、どうしていいのか本当に分からなくて」

「律・・・」

「俺、生きてる時はさぁ、大学でサークルに入って、毎日バイトに行って本当に楽しかったんだよ。
家に帰れば、夕飯の用意が出来ててさ、部屋でくつろいでると弟が部屋に勝手に入ってきたりしてさ。

だけど、今は腹も空かない。喉も乾かない。
いつも充電を気にして動ける範囲も決まってるなんて」

「うん、でも・・・」
僕は次の言葉が出てこなかった。


「四温のお陰で友達も出来たし、大学に潜り込んで学生生活の続きみたいなのも出来るようになったけど、
でも何か違うんだよ。俺は本当に存在しているのかって。」

僕には何の慰めの言葉も出てこない。
一番辛いのは律だって事がよく分かるから。

「あっ、ごめん!ちょっと愚痴っぽくなってたよな。
四温は何も悪くないのに。
俺、外で頭冷やしてくるわ」
「えっ、ちょっと待って、律!」
律は玄関のドアを開けると、そのまま外へ走り出した。

僕は慌てて後を追いかけた。
そんなに走ったら充電が持たないかもしれないのに…。
律があの角を曲がっていったのは見えた。
よし、先回りをして……

あっ、スマホ?スマホを置いて来ちゃった!早めに気付いて良かった。
取りに帰ってスマホを握りしめる。
僕は一目散に律が行ったであろう道を走り始めた。


その頃俺はがむしゃらに、ただひたすらに走っていた。
ハアハアハアハア もうダメだ走れない
ていうか、ここどこだ?
俺は、道端に座り込んだ
充電大丈夫かなぁ…結局俺はそこに縛られたままなんだ。
何が正解なのか本当に分かんなくなってきた。
でも俺は四温の事が好き。だから悩む。それだけはハッキリと分かる。


ふと顔を上げると橋が目に入った。
道に座り込むよりかはあそこの方が人目にはつきにくそうだな。
俺はゆっくり歩いて橋の隅にしゃがみ込んだ。

「四温に八つ当たりなんかして何やってんだろう?」

あいつにあんな顔させるつもりなんて無かったのに。
何も言わなかったんじゃなくて、何も言えなかったんだろうなぁ

「はあーーーっ」
感情がぐちゃぐちゃだよ。
ため息をついて、ゆっくり顔を上げたとき、
棒付きキャンディーを口の中でコロコロ転がしながら、歩いてくる1人の若い男に気がついた。

その男も俺に気が付いたようでゆっくりとこっちに近づいてくる。

「あれ〜こんなところに座り込んじゃってどうしたの?」
俺の前に腰を下ろした。
「何?誰かと喧嘩でもしたの?それとも〜行く所が無いとか?」

「・・・・・・」

俺は何も答えずに、下を見た。
「ふーーーん」
そいつは、指先で俺の前髪を軽く持ち上げた。
[へ〜〜っ、イケメンじゃん。よかったら俺が買ってあげようか?俺ん家まで一緒に行く?」
「・・・イヤ、行かないよ・・・」

そう言いたいのに、消耗が激しかったのか、体が重くて声が出ない。もしかしたら充電がヤバいのかもしれない。
「どうする?まぁ〜俺と一緒に帰ったとしてもやり目だけどね…笑」
俺を見て薄ら笑いを見せる、そいつの顔は二度と忘れないだろう。
この男は、俺を品定めしているんだ。お前となんて絶対
やらねえし!


「律!! ハアハアハアハア やっと見つけたぁ〜。すいません ハアハア その人 僕の大切な人なんで、一緒に連れて帰ります」
声が聞こえて振り返った。
「えっ、四温?探しに来てくれたのか」
風呂入ったばかりなのに、汗でビシャビシャじゃないか。
「ちぇっ、なんだよー、相手がいたのかよ。そっかー悪かったね。じゃあ、気をつけて〜〜」

男は立ち上がるとコンビニ袋をガサガサッと鳴らしながらその場を去っていった。

「律、大丈夫?すぐに追いかけたんだけど、スマホを持ってない事に気がついて。

取りに戻ってたから・・・遅くなって・・でもよかったぁ〜、追いついたぁ…立てる?」
四温が俺の前に手を差し出した。
「うん」
俺はその手を握り締めた。

俺と四温は、橋の上から流れる川を見ていた。
最初に口を開いたのは四温だった。
「ごめん、僕・・・律と離れたくなくて、自分の事しか考えてなかった。」
「いや、俺の方こそ。四温に八つ当たりなんかして」
「ううん、八つ当たりなんかじゃないよ。
ちゃんと2人で考えよう。

もし・・・だけど、律の家に一回行ってみない?
2人で行けば、きっと律の家族も理解してくれるよ。
最初はびっくりすると思うけど。
そして、真実を確かめよう。
もし律がこの世にいない人だったとしても、僕は今ここにいる律が大切なんだ。
消えるなんて考えないで。
律が一生そのままの姿なら、僕と一緒に歳をとっていく方法を考えようよ。きっと方法はあると思うんだ。
僕は律とずっと一緒にいたい!
もし、律が良ければだけど」

「ありがとう四温」

俺は四温を抱きしめた。
四温の髪の毛が、俺の前髪に触れている。
顔にかかってくすぐったいな。
四温の体温がゆっくり伝わってくる。そんな気がした。

抱きしめた体を少し離して、四温の唇に俺の唇を重ねた。
四温の唇が離れかけたその瞬間、もう一度引き寄せて唇を重ねた。離れるのが惜しいんだ。


ドガーーーーン、ドガーーーーーーーーン

爆音がして俺達は顔を上げた。
あっ、花火
「打ち上げ花火、今日だったんだ」
「綺麗だね、なんだかたんぽぽみたい」
「そうだなぁ。でもここからだと遠くてよく見えないな」
「だから、周りに人が少ないんだね」
「確かに…よく見えるところに人は行くからなあ」
「でも、ここからだと花火が花みたいに見えて可愛いよ」
「おい、四温、あれは向日葵みたいに見えないか?あっちは名も無い花か…」
「なんだよぉ、名も無い花って〜マーガレットかデイジーじゃない?
僕、花火って花に似てるなって思ってたんだ。あっ!だから花火なのかな?」
「そーかもな」
一緒に肩を並べてしばらく見ていた。

四温がポケットからスマホを取り出して2人の顔の間にそれを構えた。
『 カシャリ 』
2人で一緒に見た花火。
「みてみて、すごく小さい花火が沢山・・・」

夜空一面の花畑みたいだ

「そう言えばさぁ、、、今日女の子に声かけられてなかった?」
「はっ??女の子・・」
「アパートの近くで見かけたんだよ。アドレス交換してた様に思えたけど。ポニーテールした…」

「あーぁ、あの子はぁー小野っちの彼女の友達なんだけど〜、確かにメアド交換しようって言われたよ。でも断ったよ。
大切なペットが亡くなって悲しいって言ってたわりにアイコンがビールで乾杯してたんだよなぁ。
ちょっと疑っちゃって。
僕、好きな人がいるんだって言ったら、
「「私はそんなの気にしないから〜、まずは友達から始めようよ」」って言われてさぁ。
こっちが気にするよね。
それに、律の事で頭が一杯なのに余計な事は考えたくないよ」

「ははは、そうかー。余計な事か」
「もしかして心配してくれてたとか?
「うーん、どうだろ。
そろそろ帰ろうか、遅くなっちゃったな」
「うん、そーだね」
「ほら」

俺達は手を繋いでアパートまでの道を歩いた。



俺は自分自身の身に何が起こったのか、この目でちゃんと確かめたい。
最近その思いが強くなってきた。
事故に遭って、病院に運ばれたのは間違いない。
以前ネットで検索した時に、そこまでの情報は載っていたから。でもその先が分からない。
似たような事故はいくらでも出てくる。珍しい話では無いらしい。

「どーするかな?」

突然家に、この世にいないと思っていた息子が帰ってきたら、家族はきっと腰を抜かすだろう。
会って良いべきか?
考えて考えて悩んだあげく
四温が俺の友達のフリをして様子を見に行く事になった。
我ながらいいアイディアを思いついたと思う。
「四温,本当にいいの?」
「うん、大丈夫だよ。僕もこの方法が一番いいと思う」
「分かった。じゃあ、明日行くって事でいいかな…?」
「うん、明日」

四温を俺の家まで案内する事になった。
いよいよ・・・なんだかすごく緊張する。
俺は口から心臓が飛び出そうな、そんな感覚を覚えた。