あの日を忘れない

 昼休みになった。高校に入学してから、初めて友達と一緒に弁当を食べる。俺たち四人は、机を一箇所に集めて、向かい合った。それだけで緊張してしまうのに、更にやらなければいけないことがあるなんて。正直なところ、弁当の味がよくわからない。

 陽平(ようへい)は、時々俺の顔をちらっと見るが、特に何も言ってこない。それが、逆におっかない。

 一番に食べ終わった陽平が、弁当箱を包み直しながら、

「来月、新譜が出るんだって。それに合わせて、ツアーもやるらしいんだ」

 いきなり何の話が始まったんだろうと思ったが、すぐにひらめいた。俺は食事の手を止めて、

「昨日話してたバンド?」
「そう。『ブラティー』の」

 それがバンド名か。どういう意味なんだろう。

「『ブラティー』?」
「そうそう。正式名称は、Black(ブラック) tea(ティー) Party(パーティー)。略して、ブラティー」
「へえ……」

 変わった名前だな、と感心する。どんな音楽をやっている人たちなんだろう。陽平は、例のヘラヘラ笑いをしながら、

「今度、二人っきりでブラティーの曲、聴くからな? 約束したもんな?」

 昨日のことを思い出す。一緒に聴く約束。それから、家に遊びに来てもらう約束。小指を絡めて指切りげんまん。思い返しても、恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じて、つい俯くと、

慎也(しんや)、どうした? 何か思い出しちゃった?」

 からかうような口調で言う陽平に、何も言い返せない。

「慎也。陽平はいいから、弁当食べちゃいなよ。昼休みが終わったら大変だから」

 山ちゃんが、落ち着いた調子で言ってくれる。そうだ。早く食べないと。いや、待て。することがあったのを、すっかり忘れていた。

 俺は顔を上げて三人をぐるっと見てから、

「みんなにお願いがあるんだけど」

 三人が俺に注目してくる。やっぱり、こうしてじっと見られると、体に力が入ってしまう。つい自分を守ろうとして身構えるんだと思う。早くこういう自分を卒業したい。

「あのさ……れ……」
「れ?」

 つっちーが、首を傾げながら俺の言葉を繰り返す。俺は、少し身を乗り出して、

「連絡先、教えてほしいんだけど……」

 徐々に声が小さくなってしまった。教えてよ、と堂々と言えたらいいのに。軽く落ち込んでいると、つっちーが、「いいよ。当たり前じゃん」と笑顔で言った。

 つっちーと交換すると、陽平と山ちゃんも教えてくれた。三人は笑顔で、俺はようやく体の力が抜けた。

「なあ、慎也。四人で写真撮ろうぜ」

 言い出したのは陽平。つっちーは、「撮ろう、撮ろう!」と超乗り気。山ちゃんは、微笑みながら同意する。俺は、そんな三人に混ざっていいのか、一瞬ためらう。いや。ためらうなよ、俺。三人は、友達だ。そのくらい、普通にするだろ?

 こんなことですら、自分に言い聞かせないと出来なくなってしまったことが残念だ。去年、あの時までの俺は、もう少しマシだったのに。それとも、それは俺が都合よく書き換えた記憶なんだろうか。そんなはずはない。ないと思う。

「慎也?」

 陽平に呼ばれて、我に返った。今は楽しい写真撮影の時間だ。ぼんやりしている場合ではない。俺は頭を勢いよく振って、

「ごめん。大丈夫だから」
「よし。じゃ、撮るからな。行くぞ〜」

 そう言った瞬間、陽平はシャッターボタンをタップした。心の準備が出来てなかったから、きっと変な顔をしている。山ちゃんは眉をひそめて、

「いきなり撮る? ちょっと確認させてよ」
「いきなりって……ちゃんと『行くぞ〜』って声掛けたぞ?」
「行くぞ〜、パシャ、は酷いだろ? もう少し人の気持ちを考えてくれるといいんだけど……」
「怒ってる? ほら、これだよ。お、なかなかいい感じに撮れてる」

 山ちゃんとつっちーが画面を凝視する。二人とも表情が曇っている気がするのは間違いだろうか。俺も、恐る恐る画面を見た。

「え?」

 四人で撮るって言わなかったか? 何で俺と陽平のツーショットになってるんだ? 俺は陽平を軽く睨みながら、

「却下。撮り直し!」

 昨日、昇降口で陽平に抗議した時みたいな言い方になってしまった。でも、これはダメだろう。

 陽平は俺を上目遣いに見て、

「ダメ?」
「ダメ。俺は、四人で撮った写真がほしいんだ。久し振りに出来た友達なんだから……」

 口からこぼれ落ちてしまった言葉。何言ってるんだよ、俺。空気が悪くなるだろ。

 俺は陽平に視線を向けた。いたわるような優しい顔。そんな顔されたら……。

 俺は俯き、目元を拭った。本当は、泣くのなんか好きじゃない。しかも、友達の前でなんて、かっこ悪過ぎだ。でも、止まらない。

 と、その時、誰かが俺の頭をそっと撫でた。顔を上げてみると、それは陽平だった。

「陽平……」
「落ち着いたら、今度こそ四人で撮るからな」

 俺は頷き、手の甲で涙を拭った。この人たちとの関係を諦めたくない。四人で写真を撮りたい。その気持ちが、俺の中で溢れていた。

「ありがとう。もう大丈夫」

 俺がそう言うと、陽平は頷き俺の頭から手をのけた。

「じゃ、行くぞ。はい、チーズ」

 四人でくっついて撮った写真は、俺のスマホの待ち受け画像になった。