あの日を忘れない

「お友達? 冗談だろ?」

 その人は、吐き捨てるように顔をしかめて言った。

 そうだよな。オレたちはお友達なんかじゃないよ。言われなくても知ってるさ。知ってるし、お友達として認められたいなんて、ほんの少しも思ってないけど、全否定されるのは結構きつい。一言ひとことが胸に刺さってくるかのようだ。

「え? お友達じゃないんですか? じゃ、どのようなご関係で?」

 陽平(ようへい)は、丁寧な口調でその人に話し掛ける。その人は、陽平の言葉に対して苛立ちを感じているらしいのが、表情からわかった。歯ぎしりまで聞こえてきて、不快だ。でも、当然言えない。

 俺は陽平の手をギュッと握った。不安な気持ちが、そういう行動を取らせているとわかっている。本当に、とんだ甘えた野郎だ。俺って、こういう人間だったのか?

 陽平は振り向いて、俺に微笑み掛けた。さっき俺が笑顔を見せたら反則とか言ってきたけど、陽平だって同じだ。それは反則行為だ、絶対。

慎也(しんや)。大丈夫だぞ? 心配するな」

 囁き声で言ってくれた。その言葉は、俺のざわつく心を鎮めてくれた。大丈夫だ。俺は大丈夫なんだ。頭の中で、自分に言い聞かせる。

「おまえ、知ってるか? そいつは疫病神なんだ」

 その人は、俺を強い目つきで見ながら言った。その言葉は、やっぱり俺に刺さってくる。俺を見つめる陽平が首を傾げた。

「この人、何言ってるのか教えてよ。俺さ、さっきから全然わかんなくって」

 俺は左右に首を振った。言えるもんか。そんなことしたら俺の身に何が起こるのか、察してくれ。口から出てこないその言葉たちが、俺の中をぐるぐるしていた。

「慎也?」

 そんな、不思議そうに見られても、何も言えない。言わせようとするなよ。

「し……親友なんだろ、俺たち。なら、察してくれ」
「いや。わからないから教えてって言ってるんだけどな」
「わからないなら、それでいい。訊かないでくれ」

 必死の訴えに、陽平はさっきと逆の方へ首を傾げ、

「慎也が可哀想になってきたから、訊かないでやるよ。ということで、あなたに教えてもらおうかな。俺の親友とはどういう関係なんですか? まさか……」

 陽平は、俺とその人を交互に見て、「嘘だよな?」と、一人で何か言っている。全く、意味不明だ。その人は、さらに苛立った顔つきになり、

「まさか何だって言いたいんだよ? はっきり言えよ」
「はっきり言っていいんですか? でもな〜」

 ちょっと、ふざけモードに入った? 口調が軽くなったのを感じた。その人は、チッと舌打ちすると、

「言えって言ってんだろ? 言えよ!」

 初対面のはずの陽平に、何故こんな話し方が出来るんだろう。ある意味、すごいな。

 陽平は俺の髪をそっと撫でてから、

「じゃあ、言っちゃおうかな。まさか、恋人なんですかって言おうとしたんです。言ったから、答えてくれますよね?」

 背中を向けてしまった陽平の表情はわからない。でもきっと、口調に反して少しも笑ってなさそうな気がした。どこか、冷たい感じを受けたからだろうか。どこがどうとは説明しにくいけれど。

 その人は、「おまえ、バカか?」と呟くように言った後、

「気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ。あり得ねーだろ?」
「そうですか? 必ずしもそうとは言えないと思うけど」
「俺とこいつでは、あり得ねーんだよ。わかりが悪いな」
「俺、そんなにわかんない奴だとは思ってないけど。俺たちが仲良くしてるのが気に食わなかったのかと思ってさ。だから、あんな態度なのかと」

 そこまで言って、陽平は笑い出した。俺はもちろん、笑うどころではなかった。その人も、ただ目をつり上げるばかりだった。

 陽平は、本当に楽しそうに声を上げて笑っている。そんなに笑うような何があったのか、俺は訊きたい。

 と思ったら、ピタリと笑うのをやめてしまった。そのことに、却って驚かされて思わず息を飲んでしまった。

「あんた、慎也の何? どっちにしても、邪魔だから消えてください」
「何だと?」
「あれ? 聞こえなかった? じゃあ、もう一回言ってやるよ。よく聞けよ。邪魔だから、失せろ!」

 棒立ちして、表情を失くしているその人は、何て滑稽なんだろう。俺のことを疫病神とか言って偉そうにしてたのは、誰だ?

「失せろって言ったのが聞こえなかったか? 二度と俺たちの前に現れるなよ。見かけたらどうなるか、覚悟しとけよ」

 あのヘラヘラ笑う陽平とは別の人間のように、迫力満点だ。その背中、かっこよすぎる。そんなことを考えている場合じゃないことは理解しているつもりだ。でも、真実だから仕方ない。今の陽平、かっこよすぎだ。

 そして、姫のようにかばわれている俺は、何て残念な奴なんだ。溜息が出てしまうのを、どうにも出来なかった。

「覚えてろよ」

 お決まりのセリフを吐いて、その人は背を向けて走り出した。覚えてろって、覚えてたくなんかない。忘れたい。

 陽平が俺の方に顔を向けた。さっきまでの荒々しい感じは、霧散していた。俺の靴を間違ってはいて笑ってた時の、ヘラヘラした陽平だ。俺はホッとして、小さく息を吐き出すと、

「ありがとな」

 陽平に、感謝の言葉と笑顔を贈った。