いったい陽平に、何を訊かれるんだろう。さっきまでとは違うドキドキだ。
「慎也。俺のこと、いつから好きでいてくれたんだ?」
そんなこと、訊く? そう思ったけど、ほんの少し前に、俺も陽平に質問したんだったと思い出した。
いつからだろう。入学式ではないのは間違いない。あの日は、人を好きになる余裕はなかった。とにかく、誰かに声を掛けて、ぼっちを卒業しよう。そんなことしか頭になかった。
靴取り違え事件の日? それも違う気がする。でも、どうだろう? 俺のことを疫病神と呼ぶあの嫌なやつから、陽平は守ってくれた。そういえば、あいつに会う前、俺が昔を思い出して泣いていたのを、頭を撫でて慰めようとしてくれたっけ。子供扱いみたいだったけど、すごく癒された。
ピアノ弾けない事件。だまされて、ものすごく腹が立ったけど、離れるのが辛すぎて、結局は許しちゃったよな。
俺は、どのタイミングで陽平を好きになったんだろう。真面目に考えているのに、わからない。
「そうか。わかった」
俺がそう言うと、陽平は笑顔で、「いつだ?」と訊いてきた。俺は首を振り、
「いつの間にか好きになってた。それだ」
「いつの間にか?」
「そうそう。だって、いつから好きなのかわからないんだから」
俺は、自分の気持ちにピッタリなことを言ったつもりだったけど、陽平の表情は微妙だった。何を言ってるのかわかりません、と顔に書いてあった。
「いつの間にかじゃダメか? でも、そうなんだよ。靴取り違え事件の瞬間は、何だよこいつ、って思わなくもなかったけど。でも、あの後俺のことを慰めてくれたよな。もしかしたら、あの時には好きになり始めてたのかもしれないけど、わからないんだ」
陽平は笑顔になり、「そっか。あの時の俺、偉いぞ」と、自分を褒め出した。
「でもさ、点数稼ぎしようとして、慎也を慰めたわけじゃないぞ。慎也が悲しそうだったから、あんな風にするしかなかったんだ。本当だぞ?」
そんなに言わなくたって、わかってる。あれは本当にそういう気持ちでしてくれた。よくわかってる。だからこそ、胸に染みたんだ。計算ずくの行動だったら、俺の心には響かなかったはずだ。
「陽平。いつから好きってわからないと、ダメか?」
「ダメじゃないけどさ、さっき慎也が俺に訊いたから、同じ質問してみただけなんだけど」
俺の頬を撫でながら、優しい顔をして言う。それを見て俺は、胸が高鳴ってしまう。何だか、どんどん陽平を好きになっている気がする。人を好きになるって、何だか尊いな。そんな変なことすら考えてしまった。
俺は、頬を撫でる陽平の手をギュッと握って、動きを止めた。陽平が驚いたような顔をした。俺は微笑むと、
「俺さ、これからずっと、陽平を好きでいるつもりなんだ。だから、始まりがどこだったのか、もう訊かないでくれよ」
「訊いたらダメ?」
「訊かないでほしい。答えられないんだから。でも、今日から先ずっと、陽平を好きでいる。それで許してよ」
「俺は、入学式に……」
「わかってるよ。ありがとう。でも、俺はわかんないんだ。訊くなよ?」
陽平は口を閉じ、しばらく考えるような顔をしていたが、「わかった」と言ってくれた。
「これから先ずっと、俺のものだぞ? 忘れるなよ? 園路かっこいいって言ったら、泣くぞ?」
本当に泣くんだろうか? 泣かれた時、俺はどうするだろう? やっぱり、頭を撫で撫で、だろうか。しかも、よしよし、とか言いながら? 想像すると、笑えてくる。
「何で笑いそうになってるんだよ。俺、真面目に言ってるんだけど」
そう言う陽平だって、口元に笑いが見て取れる。自分も笑いそうになっておきながら、俺を注意する?
俺は、握った手に力を込めて、ニッコリしてから、
「好きだよ」
陽平を見つめながら、囁くように言った。陽平は、ニカッとして、
「そうだよな。慎也は俺のこと、大好きなんだもんな?」
「ああ。好きさ」
開き直って言い放つ。陽平は、空いている方の手で俺の頭を撫でると、
「慎也、可愛い」
甘い声で囁く。俺は照れ隠しに、
「可愛くないから」
ぶっきらぼうに言ってみる。
「自己評価低すぎだって言ってるだろ? 可愛いって、認めろよ」
「認めない」
「認めろ」
「嫌だってば」
そんな言い合いすら、何だかくすぐったい感じだ。幸せってこういうことを言うのか、と思いさえした。何だ、それ。自分で自分の感情がよくわからない。それでもこれは、幸福感って言うやつだと確信している。
ぼっちだった昔の俺。俺は今、こんなにも幸せな気持ちでいっぱいだぞ。辛いだけじゃ終わらないから、安心しろ。
出来るなら、去年の俺にそう伝えてやりたい。でも、あの苦しみがあったから、陽平と出会えたんだから、もういいよな?
時々わけがわからなくて、イライラさせられることもあるけど、この変な人が好きなんだから仕方ない。いつか陽平を嫌いになりそうになったら、思い出すよ。あの日の優しさ。俺の中の黒くて硬い物が粉々に砕けて、浄化されていったあの瞬間を。
俺はあの日を忘れない。
(完)
「慎也。俺のこと、いつから好きでいてくれたんだ?」
そんなこと、訊く? そう思ったけど、ほんの少し前に、俺も陽平に質問したんだったと思い出した。
いつからだろう。入学式ではないのは間違いない。あの日は、人を好きになる余裕はなかった。とにかく、誰かに声を掛けて、ぼっちを卒業しよう。そんなことしか頭になかった。
靴取り違え事件の日? それも違う気がする。でも、どうだろう? 俺のことを疫病神と呼ぶあの嫌なやつから、陽平は守ってくれた。そういえば、あいつに会う前、俺が昔を思い出して泣いていたのを、頭を撫でて慰めようとしてくれたっけ。子供扱いみたいだったけど、すごく癒された。
ピアノ弾けない事件。だまされて、ものすごく腹が立ったけど、離れるのが辛すぎて、結局は許しちゃったよな。
俺は、どのタイミングで陽平を好きになったんだろう。真面目に考えているのに、わからない。
「そうか。わかった」
俺がそう言うと、陽平は笑顔で、「いつだ?」と訊いてきた。俺は首を振り、
「いつの間にか好きになってた。それだ」
「いつの間にか?」
「そうそう。だって、いつから好きなのかわからないんだから」
俺は、自分の気持ちにピッタリなことを言ったつもりだったけど、陽平の表情は微妙だった。何を言ってるのかわかりません、と顔に書いてあった。
「いつの間にかじゃダメか? でも、そうなんだよ。靴取り違え事件の瞬間は、何だよこいつ、って思わなくもなかったけど。でも、あの後俺のことを慰めてくれたよな。もしかしたら、あの時には好きになり始めてたのかもしれないけど、わからないんだ」
陽平は笑顔になり、「そっか。あの時の俺、偉いぞ」と、自分を褒め出した。
「でもさ、点数稼ぎしようとして、慎也を慰めたわけじゃないぞ。慎也が悲しそうだったから、あんな風にするしかなかったんだ。本当だぞ?」
そんなに言わなくたって、わかってる。あれは本当にそういう気持ちでしてくれた。よくわかってる。だからこそ、胸に染みたんだ。計算ずくの行動だったら、俺の心には響かなかったはずだ。
「陽平。いつから好きってわからないと、ダメか?」
「ダメじゃないけどさ、さっき慎也が俺に訊いたから、同じ質問してみただけなんだけど」
俺の頬を撫でながら、優しい顔をして言う。それを見て俺は、胸が高鳴ってしまう。何だか、どんどん陽平を好きになっている気がする。人を好きになるって、何だか尊いな。そんな変なことすら考えてしまった。
俺は、頬を撫でる陽平の手をギュッと握って、動きを止めた。陽平が驚いたような顔をした。俺は微笑むと、
「俺さ、これからずっと、陽平を好きでいるつもりなんだ。だから、始まりがどこだったのか、もう訊かないでくれよ」
「訊いたらダメ?」
「訊かないでほしい。答えられないんだから。でも、今日から先ずっと、陽平を好きでいる。それで許してよ」
「俺は、入学式に……」
「わかってるよ。ありがとう。でも、俺はわかんないんだ。訊くなよ?」
陽平は口を閉じ、しばらく考えるような顔をしていたが、「わかった」と言ってくれた。
「これから先ずっと、俺のものだぞ? 忘れるなよ? 園路かっこいいって言ったら、泣くぞ?」
本当に泣くんだろうか? 泣かれた時、俺はどうするだろう? やっぱり、頭を撫で撫で、だろうか。しかも、よしよし、とか言いながら? 想像すると、笑えてくる。
「何で笑いそうになってるんだよ。俺、真面目に言ってるんだけど」
そう言う陽平だって、口元に笑いが見て取れる。自分も笑いそうになっておきながら、俺を注意する?
俺は、握った手に力を込めて、ニッコリしてから、
「好きだよ」
陽平を見つめながら、囁くように言った。陽平は、ニカッとして、
「そうだよな。慎也は俺のこと、大好きなんだもんな?」
「ああ。好きさ」
開き直って言い放つ。陽平は、空いている方の手で俺の頭を撫でると、
「慎也、可愛い」
甘い声で囁く。俺は照れ隠しに、
「可愛くないから」
ぶっきらぼうに言ってみる。
「自己評価低すぎだって言ってるだろ? 可愛いって、認めろよ」
「認めない」
「認めろ」
「嫌だってば」
そんな言い合いすら、何だかくすぐったい感じだ。幸せってこういうことを言うのか、と思いさえした。何だ、それ。自分で自分の感情がよくわからない。それでもこれは、幸福感って言うやつだと確信している。
ぼっちだった昔の俺。俺は今、こんなにも幸せな気持ちでいっぱいだぞ。辛いだけじゃ終わらないから、安心しろ。
出来るなら、去年の俺にそう伝えてやりたい。でも、あの苦しみがあったから、陽平と出会えたんだから、もういいよな?
時々わけがわからなくて、イライラさせられることもあるけど、この変な人が好きなんだから仕方ない。いつか陽平を嫌いになりそうになったら、思い出すよ。あの日の優しさ。俺の中の黒くて硬い物が粉々に砕けて、浄化されていったあの瞬間を。
俺はあの日を忘れない。
(完)


