その日の夜、そろそろ寝ようかと思って部屋の電気を消そうとした瞬間、スマホの通知音が鳴った。確認すると、陽平からだった。こんな時間に何を言ってきたんだろう。急いでタップし開いて見てみると、
『合唱コンクール、楽しみだな。それから、その後も』
その後。そうやってプレッシャーを掛けてくるのはやめてほしい。告白の返事より、取り敢えずは合唱コンクールだろ? 陽平は、本当に余裕なんだな。今日の伴奏も、何も問題なかったし。
俺は陽平とは違う。クラスメイトに注目された上に、背中で全校生徒の視線を受け止めなきゃいけないんだから。考えたら、それって結構怖いことだな、と今さらながら思っていた。と言って、逃げ出す気はない。今度こそ、楽しく音楽するんだ、と気合が入っている。去年みたいに負けてやらないんだ。
『俺も楽しみ。もちろん、その後も』
本当は、気持ちにそんな余裕なんてないけど、そんなメッセージを送ってみた。
『園路が来るから、頑張ろう!』
また自分からその人の名前を出してきた。
『園路さんに会えるの、楽しみだな』
わざと、からかうような文にした。陽平からは、泣き顔のスタンプが送られてきた。泣かせちゃったか。ごめん。
『冗談だよ。合唱コンクール、楽しもうね』
親指を立てたスタンプが返ってきた。俺も同じスタンプを送った。何だか心がほっこりした。電気を消して布団を被ると、自然に笑顔になっていた。それから間もなく、俺は眠りについた。
そして、とうとうその日がやってきた。心配する必要のないことはわかっているのに、それでも何となく緊張している。全校生徒に見つめられる俺の背中。そんな想像をすると、そわそわしてしまう。
「慎也。もしかして、緊張してる? 大丈夫よ。安達くんたちがいるじゃない。慎也が一人でするわけじゃないんだから」
そうだった。合唱は、みんなが力を合わせて作り上げる音楽だ。俺一人がどうにかするものじゃない。俺は母さんをじっと見ると、
「ありがとう」
「え? 母さん、感謝されるようなこと、言った?」
首を傾げながら言う母さんに、俺は深く頷いた。
「言ったよ。それで、俺は目が覚めた」
みんなで頑張ろう。それが一番大事なことじゃないか。結果より、それだ。
「俺……俺たち頑張るから、客席から見守っててくれよ」
母さんは微笑んで、
「当たり前でしょ。慎也たちが力を発揮出来るよう、母さん祈ってるわ」
肩をポンと叩かれた。俺はもう一度深く頷くと、
「ありがとう」
お礼を言った。俺は急いで支度をすると、学校に向かうべく家を飛び出した。
電車を降りて、学校までの道を歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、陽平が笑顔で手を振っていた。陽平は背中から俺に抱きつくと、
「とうとう、だな。何だかあっという間だったよな。あ、でも、結構いろいろあったか」
「あったね。でも、楽しかった。だから、今日も楽しもう」
俺は、陽平に笑顔を向けた。途端に陽平の顔が曇る。また怒らせた? めんどくさい人だ。でも、どうしても嫌いにはなれないみたいだ。
「俺、一生笑ったらダメなのか? それは、ひどいと思う」
「俺にだけ、その顔を見せてもいい」
どうやら、俺の笑顔は陽平の許可が必要らしい。
「よくわかんないけど」
「誰にでも見せたらダメだって言ってるんだよ。難しくないだろ?」
陽平らしい、無茶な発言だ。
「俺さ、まだ陽平に返事してない。だから、陽平が俺にそんなことを言うのって、違わない?」
「違わないぞ」
ほら、噛み合わない。さすが陽平だ。感心するしかないだろう。
そんな話をしている内に、学校へ辿り着いた。
合唱コンクールは、午後からだ。三学年が集まって、順番に歌っていく。俺たちのクラスは、三番目だ。昼ご飯を食べたら、すぐだ。そんなわけで、午前の授業は、全く集中出来なかった。昼ご飯も、俺らしくないスピードで平らげた。
時間になって、俺たちは廊下に二列に並んだ。このまま舞台の袖で待機するから、その順番で並んでいる。俺は指揮者だから、一番最後だ。隣には陽平がいる。
陽平は、緊張の「き」の字もなさそうな、全く余裕な感じだ。普段と変わることのないその様子に、器の違いを感じていた。なんだかんだ言っても、俺はやっぱり緊張していた。手のひらが汗ばんでいるのを感じる。これ、握られたりしたら、すごく恥ずかしい。誰も握ったりしないとは思うけど、心配だ。
「慎也。楽しもうな」
また忘れそうになっていた、俺の今回の課題。楽しむ。そうだ。楽しもう。音楽は、音が楽しいって書くんだぞ。そう自分に言い聞かせる。俺たちが楽しめなくて、誰が楽しむんだ? あり得ないだろ?
俺は正面を向いたまま、「そうだね。そうだった」と、呟くように言った。
「俺、楽しむからさ。陽平も楽しもう」
陽平は、俺の頭をそっと撫でると、
「当然」
「だよね?」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
去年の残念な俺に教えてやりたい。一年後の俺は、こんなに楽しんでるぞって。
声が掛かって、体育館に向かって歩き出した。あと少しで、俺たちの素晴らしい歌を聴かせられる。
そんな、高揚した気持ちでいた。
『合唱コンクール、楽しみだな。それから、その後も』
その後。そうやってプレッシャーを掛けてくるのはやめてほしい。告白の返事より、取り敢えずは合唱コンクールだろ? 陽平は、本当に余裕なんだな。今日の伴奏も、何も問題なかったし。
俺は陽平とは違う。クラスメイトに注目された上に、背中で全校生徒の視線を受け止めなきゃいけないんだから。考えたら、それって結構怖いことだな、と今さらながら思っていた。と言って、逃げ出す気はない。今度こそ、楽しく音楽するんだ、と気合が入っている。去年みたいに負けてやらないんだ。
『俺も楽しみ。もちろん、その後も』
本当は、気持ちにそんな余裕なんてないけど、そんなメッセージを送ってみた。
『園路が来るから、頑張ろう!』
また自分からその人の名前を出してきた。
『園路さんに会えるの、楽しみだな』
わざと、からかうような文にした。陽平からは、泣き顔のスタンプが送られてきた。泣かせちゃったか。ごめん。
『冗談だよ。合唱コンクール、楽しもうね』
親指を立てたスタンプが返ってきた。俺も同じスタンプを送った。何だか心がほっこりした。電気を消して布団を被ると、自然に笑顔になっていた。それから間もなく、俺は眠りについた。
そして、とうとうその日がやってきた。心配する必要のないことはわかっているのに、それでも何となく緊張している。全校生徒に見つめられる俺の背中。そんな想像をすると、そわそわしてしまう。
「慎也。もしかして、緊張してる? 大丈夫よ。安達くんたちがいるじゃない。慎也が一人でするわけじゃないんだから」
そうだった。合唱は、みんなが力を合わせて作り上げる音楽だ。俺一人がどうにかするものじゃない。俺は母さんをじっと見ると、
「ありがとう」
「え? 母さん、感謝されるようなこと、言った?」
首を傾げながら言う母さんに、俺は深く頷いた。
「言ったよ。それで、俺は目が覚めた」
みんなで頑張ろう。それが一番大事なことじゃないか。結果より、それだ。
「俺……俺たち頑張るから、客席から見守っててくれよ」
母さんは微笑んで、
「当たり前でしょ。慎也たちが力を発揮出来るよう、母さん祈ってるわ」
肩をポンと叩かれた。俺はもう一度深く頷くと、
「ありがとう」
お礼を言った。俺は急いで支度をすると、学校に向かうべく家を飛び出した。
電車を降りて、学校までの道を歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、陽平が笑顔で手を振っていた。陽平は背中から俺に抱きつくと、
「とうとう、だな。何だかあっという間だったよな。あ、でも、結構いろいろあったか」
「あったね。でも、楽しかった。だから、今日も楽しもう」
俺は、陽平に笑顔を向けた。途端に陽平の顔が曇る。また怒らせた? めんどくさい人だ。でも、どうしても嫌いにはなれないみたいだ。
「俺、一生笑ったらダメなのか? それは、ひどいと思う」
「俺にだけ、その顔を見せてもいい」
どうやら、俺の笑顔は陽平の許可が必要らしい。
「よくわかんないけど」
「誰にでも見せたらダメだって言ってるんだよ。難しくないだろ?」
陽平らしい、無茶な発言だ。
「俺さ、まだ陽平に返事してない。だから、陽平が俺にそんなことを言うのって、違わない?」
「違わないぞ」
ほら、噛み合わない。さすが陽平だ。感心するしかないだろう。
そんな話をしている内に、学校へ辿り着いた。
合唱コンクールは、午後からだ。三学年が集まって、順番に歌っていく。俺たちのクラスは、三番目だ。昼ご飯を食べたら、すぐだ。そんなわけで、午前の授業は、全く集中出来なかった。昼ご飯も、俺らしくないスピードで平らげた。
時間になって、俺たちは廊下に二列に並んだ。このまま舞台の袖で待機するから、その順番で並んでいる。俺は指揮者だから、一番最後だ。隣には陽平がいる。
陽平は、緊張の「き」の字もなさそうな、全く余裕な感じだ。普段と変わることのないその様子に、器の違いを感じていた。なんだかんだ言っても、俺はやっぱり緊張していた。手のひらが汗ばんでいるのを感じる。これ、握られたりしたら、すごく恥ずかしい。誰も握ったりしないとは思うけど、心配だ。
「慎也。楽しもうな」
また忘れそうになっていた、俺の今回の課題。楽しむ。そうだ。楽しもう。音楽は、音が楽しいって書くんだぞ。そう自分に言い聞かせる。俺たちが楽しめなくて、誰が楽しむんだ? あり得ないだろ?
俺は正面を向いたまま、「そうだね。そうだった」と、呟くように言った。
「俺、楽しむからさ。陽平も楽しもう」
陽平は、俺の頭をそっと撫でると、
「当然」
「だよね?」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
去年の残念な俺に教えてやりたい。一年後の俺は、こんなに楽しんでるぞって。
声が掛かって、体育館に向かって歩き出した。あと少しで、俺たちの素晴らしい歌を聴かせられる。
そんな、高揚した気持ちでいた。


