ゴールデンウィークもいつの間にか終わり、合唱コンクールは目の前に迫っていた。今日の放課後は、最後の合わせが行われる。
一回目があんなに上手くいって、それ以降もずっと練習してきたんだから、あまり心配はしていない。でも、このクラス、上手すぎるんだけど。
放課後になって、俺たちは音楽室へ向かった。教室に入ると、あらかじめ決めていた通りにみんな並んでくれる。担任は教室の後ろの方に移動して、椅子に座っている。俺は、みんなの方に向くと、
「それじゃ、始めよう。陽平。お願いします」
陽平が軽く頷くのを確認してから、俺はタクトを上げた。みんなが俺を見つめる。俺がタクトを動かすと、陽平が前奏を弾き始めた。誰だ、弾けないとか言ってたのは。思い出して、笑いそうになった。
歌が入る小節まできて、俺はみんなの方に向いた。みんなが息を大きく吸ったのがわかった。そして、歌が始まった。
これはもう、優勝しかないだろう。
静かに曲が終わり、教室の後ろの方から担任の拍手。一回目と同じだ。俺は向きを変え、担任に、
「先生。どうでしたか?」
訊くまでもないことを訊いてみた。担任は興奮気味に、
「優勝しかない」
クラスメイトが笑った。俺もそれに参加した。担任の言うことはもっともだ。上手いし、胸に迫ってくるものがある。こんな歌が歌えるんだから、それしかないと俺も思う。
大震災のことを俺たちはリアルには知らないけど、この曲に慰められた人たちが、きっといる。大事に歌えたらいいなと思っている。
俺はみんなの方に向き直り、
「みんな、本当にすごくよかったよ。当日も頑張ろう」
みんなが、俺の言葉に拍手してくれる。ピアノの前に座る陽平も、笑顔で拍手している。胸がドキドキするから、今はそんないいもの見せないでくれ。心の中だけで抗議する。
合わせは終わり、解散となった。陽平は俺のそばに来ると、
「ドーナツ食べたい」
「ドーナツ?」
「行こう」
腕を取られて、引っ張られるようにして教室を出た。俺は陽平の手をのけると、
「行くから。引っ張るな」
「行くな? よし」
二人で並んで歩いていると、後ろから声が掛かった。山ちゃんとつっちーだ。
「ドーナツ、俺も食べたい」
つっちーが、陽平の腕を揺さぶりながら言った。陽平は頷き、
「四人で行こう」
あれから、ようやく一ヶ月。いろんなことがあったな、と頭を巡らせる。足取りも軽く、ドーナツ屋に向かう俺たちは、自然に合唱コンクールの話をしていた。陽平は、俺に視線を向けると、
「合唱コンクール、家族が来るんだよな。慎也は、誰が来るんだ?」
「母さんが来てくれる予定。陽平は?」
「オレ? 誰が来ると思う?」
「誰って……」
陽平の家に行った時の印象からして、恐らくお母さんは来ないだろう。陽平のピアノに期待はしてなさそうだし。となると、お父さんか園路さん?
俺が黙って考えていると、陽平がニカッとした。まさか本当に来るんだろうか。
「本当に?」
何が本当になんだろう。でも、陽平には伝わったらしい。
「そう。あの兄貴が来るって」
「そんな。学校がパニックになるんじゃ……」
「兄貴は、自分たちはそこまで有名じゃないから大丈夫だよって言ってるけどさ。有名じゃなくないと思うんだけどな。一応、変装みたいなことはするらしいけど」
帽子を目深に被って、サングラスを掛けて、マスクして。そんな感じのことをするんだろうか。それはそれで、見てみたい気もする。
「おい」
「何だよ、陽平」
「園路のこと、考えてたのか?」
何でそんなに顔をしかめて、嫌そうにしてるんだ?
「考えるよ。だって、お兄さんの話をしたの、陽平だし」
「やっぱり、園路がいいのか? アイツの方が……」
「いや……そうじゃなくて……」
俺は、どう答えていいのかわからなくなった。何を言っても、勝手に怒りそう。でも俺、陽平の告白に対して、まだ返事してないし。ということは、俺が誰のことを考えていても、怒られるいわれはない。そう思うんだけど、当然言えない。
「ああ、悲しい。ヤケ食いしてやる」
初めて一緒に食べた時が五個。ヤケ食いとなると、いったい何個食べるんだろう。考えただけで、胃もたれしそうだ。痩せてるのに、大食漢なんだな、と感心してしまう。
「園路め……」
まだブツブツ言っている。俺は陽平の横顔をそっと見た。口を尖らせて、すねているみたいだ。これ、可愛くて好きな顔なんだよな。
好き、か。そうだよ。否定出来ないくらいに、そう思ってるらしいんだ。本当に、俺はどうしちゃったんだろうな。
俺は陽平の腕を軽く引き、
「陽平。ごめん」
取り敢えず、謝ってみた。陽平が、驚いたように目を見開いた。
「ごめんね?」
何も言ってくれないから、もう一度言ってみる。陽平は立ち止まり、俺の方に体を向けると、
「慎也。その顔、可愛すぎるから、ダメ」
「陽平のひいき目だよ、それ」
「可愛く笑ったらダメだ。みんな、おまえの可愛さに気が付いちゃうだろ?」
何言ってるんだろう、この人。陽平以外の人に、そんなこと言われたことないのに。でも、陽平に言われると、ドキドキしちゃうんだよな。やっぱり俺は、この人に惹かれてるんだ。そう認めるしかないみたいだ。
一回目があんなに上手くいって、それ以降もずっと練習してきたんだから、あまり心配はしていない。でも、このクラス、上手すぎるんだけど。
放課後になって、俺たちは音楽室へ向かった。教室に入ると、あらかじめ決めていた通りにみんな並んでくれる。担任は教室の後ろの方に移動して、椅子に座っている。俺は、みんなの方に向くと、
「それじゃ、始めよう。陽平。お願いします」
陽平が軽く頷くのを確認してから、俺はタクトを上げた。みんなが俺を見つめる。俺がタクトを動かすと、陽平が前奏を弾き始めた。誰だ、弾けないとか言ってたのは。思い出して、笑いそうになった。
歌が入る小節まできて、俺はみんなの方に向いた。みんなが息を大きく吸ったのがわかった。そして、歌が始まった。
これはもう、優勝しかないだろう。
静かに曲が終わり、教室の後ろの方から担任の拍手。一回目と同じだ。俺は向きを変え、担任に、
「先生。どうでしたか?」
訊くまでもないことを訊いてみた。担任は興奮気味に、
「優勝しかない」
クラスメイトが笑った。俺もそれに参加した。担任の言うことはもっともだ。上手いし、胸に迫ってくるものがある。こんな歌が歌えるんだから、それしかないと俺も思う。
大震災のことを俺たちはリアルには知らないけど、この曲に慰められた人たちが、きっといる。大事に歌えたらいいなと思っている。
俺はみんなの方に向き直り、
「みんな、本当にすごくよかったよ。当日も頑張ろう」
みんなが、俺の言葉に拍手してくれる。ピアノの前に座る陽平も、笑顔で拍手している。胸がドキドキするから、今はそんないいもの見せないでくれ。心の中だけで抗議する。
合わせは終わり、解散となった。陽平は俺のそばに来ると、
「ドーナツ食べたい」
「ドーナツ?」
「行こう」
腕を取られて、引っ張られるようにして教室を出た。俺は陽平の手をのけると、
「行くから。引っ張るな」
「行くな? よし」
二人で並んで歩いていると、後ろから声が掛かった。山ちゃんとつっちーだ。
「ドーナツ、俺も食べたい」
つっちーが、陽平の腕を揺さぶりながら言った。陽平は頷き、
「四人で行こう」
あれから、ようやく一ヶ月。いろんなことがあったな、と頭を巡らせる。足取りも軽く、ドーナツ屋に向かう俺たちは、自然に合唱コンクールの話をしていた。陽平は、俺に視線を向けると、
「合唱コンクール、家族が来るんだよな。慎也は、誰が来るんだ?」
「母さんが来てくれる予定。陽平は?」
「オレ? 誰が来ると思う?」
「誰って……」
陽平の家に行った時の印象からして、恐らくお母さんは来ないだろう。陽平のピアノに期待はしてなさそうだし。となると、お父さんか園路さん?
俺が黙って考えていると、陽平がニカッとした。まさか本当に来るんだろうか。
「本当に?」
何が本当になんだろう。でも、陽平には伝わったらしい。
「そう。あの兄貴が来るって」
「そんな。学校がパニックになるんじゃ……」
「兄貴は、自分たちはそこまで有名じゃないから大丈夫だよって言ってるけどさ。有名じゃなくないと思うんだけどな。一応、変装みたいなことはするらしいけど」
帽子を目深に被って、サングラスを掛けて、マスクして。そんな感じのことをするんだろうか。それはそれで、見てみたい気もする。
「おい」
「何だよ、陽平」
「園路のこと、考えてたのか?」
何でそんなに顔をしかめて、嫌そうにしてるんだ?
「考えるよ。だって、お兄さんの話をしたの、陽平だし」
「やっぱり、園路がいいのか? アイツの方が……」
「いや……そうじゃなくて……」
俺は、どう答えていいのかわからなくなった。何を言っても、勝手に怒りそう。でも俺、陽平の告白に対して、まだ返事してないし。ということは、俺が誰のことを考えていても、怒られるいわれはない。そう思うんだけど、当然言えない。
「ああ、悲しい。ヤケ食いしてやる」
初めて一緒に食べた時が五個。ヤケ食いとなると、いったい何個食べるんだろう。考えただけで、胃もたれしそうだ。痩せてるのに、大食漢なんだな、と感心してしまう。
「園路め……」
まだブツブツ言っている。俺は陽平の横顔をそっと見た。口を尖らせて、すねているみたいだ。これ、可愛くて好きな顔なんだよな。
好き、か。そうだよ。否定出来ないくらいに、そう思ってるらしいんだ。本当に、俺はどうしちゃったんだろうな。
俺は陽平の腕を軽く引き、
「陽平。ごめん」
取り敢えず、謝ってみた。陽平が、驚いたように目を見開いた。
「ごめんね?」
何も言ってくれないから、もう一度言ってみる。陽平は立ち止まり、俺の方に体を向けると、
「慎也。その顔、可愛すぎるから、ダメ」
「陽平のひいき目だよ、それ」
「可愛く笑ったらダメだ。みんな、おまえの可愛さに気が付いちゃうだろ?」
何言ってるんだろう、この人。陽平以外の人に、そんなこと言われたことないのに。でも、陽平に言われると、ドキドキしちゃうんだよな。やっぱり俺は、この人に惹かれてるんだ。そう認めるしかないみたいだ。


