「さっき安達、変なこと言ってたよな? 靴がどうとかって」
山本が、冷静な口調で訊いてきた。安達は、「そうなんだよ」と明るい声で言うと、
「俺さ、間違えて中野の靴箱開けちゃってさ。しかも、気付かないで中野の靴をはいてたっていう……」
「安達さ、落ち着きなよ」
山本が、諭すように安達に言った。が、安達は笑い出し、
「ほんとにそうだよな。でもさ、山本だって、間違うことくらいあるだろ? 靴箱なんて、どれも同じじゃん?」
「いや。靴箱の蓋には、名前が書かれてる。だから、落ち着けば間違わないと思うぞ」
「えー? ひどいな、山ちゃん」
『山ちゃん』と呼ばれた山本は、大きく息を吐き出し、
「誰が『山ちゃん』だよ。今までそんな呼び方したことないだろ?」
「え? じゃあ、オレのことは何て呼ぶんだ?」
土屋が笑顔で質問すると、安達は首を傾げ、
「『つっちゃん』?」
「いや。それ、おかしいだろ?」
二人の会話を聞いていたら俺もつい、
「安達。俺は何?」
「『慎也』でいいじゃん」
何故、そこで急に普通になるんだか全く理解出来ない。が、俺も何だかムキになって、
「じゃあ、俺は安達を『陽平』って呼ぶぞ。いいんだな?」
俺の発言に、安達は、
「呼んでくれるのか? いいよ。呼んでよ」
「えっと……」
「な? いいだろ、慎也」
「……わかった。陽平って呼ぶよ」
「よし!」
ガッツポーズまでしている。そんなに嬉しいのか? 陽平がわからない。ま、さっき親友になったばっかりだし、これから理解出来るようになるかもしれない。それに期待しようと思った。
ドーナツを飲み込んだ山本が、陽平に視線を向けた。陽平は首を傾げ、
「何だよ、山ちゃん」
「それは決定事項なのか? 俺たち中学時代から友達だけど、そんな呼ばれ方これが初めてだぞ? それでいくのか? 今後ずっと、俺は山ちゃん?」
「そんなに嫌なのか? いいじゃん。山本だから、山ちゃん。わかりやすいだろ?」
山本は、カップの飲み物をグッと飲み干す勢いで飲むと、
「受けて立つ。俺は今日から山ちゃんだ」
そんなに覚悟が必要なこと? そう思ってしまうほどの真剣な表情だ。この人たち、面白過ぎる。笑いそうになるのを必死で堪えていた。
そして土屋は、俺たちをぐるりと見回すとニカッと笑い、
「で? 俺は?」
陽平ではなく山ちゃんが、
「土屋は、つっちゃんなんだろ?」
「それ、言いにくくない?」
「確かに。陽平。どうする?」
陽平は、ドーナツに噛みつきながら唸ると、急に明るい顔つきになり、手を挙げた。それに対して山ちゃんが、
「はい、陽平」
指名されて、めちゃくちゃ急いでドーナツを飲み込むと、
「土屋の呼び名は『つっちー』でどうだ?」
「『つっちー』?」
陽平以外の三人の声が、ぴったり重なった。ちょっと面白い。
土屋の方にそっと目を向けると、土屋は満更でもなさそうな顔で、鼻の下を指で擦った。
「『つっちー』。ま、陽平がそう言うなら、それでいいかな」
呼び名問題は、一応の決着を見た。それからは、昨日観た音楽番組の話になっていった。つっちーが、アイドルグループのなんとかちゃんが可愛い、とはしゃいだ感じで言うと、陽平は、なんとかいうバンドのギタリストがいいと真面目な顔で言ったが、名前は聞き取れなかった。陽平の言葉に、つっちーは目を見開き、
「え? アイドルより、おっさん? 陽平って……」
「何だよ。何か問題でもあるのかよ?」
「問題ではないけど……意外で」
俺はテレビを観ない。だから、二人がどんな人たちについて熱く語っているのか、さっぱりわからない。山ちゃんは、ハーッと息を吐き、
「慎也。しばらく二人を放置しよう」
「それでいいの?」
「いい。俺、テレビ観ないからさ、二人の話についていけないんだ。だから、ほっとく。それに限る」
口元に笑みを浮かべている。俺よりずっと長いこと二人を見てきたんだから、山ちゃんの言うことは信用出来た。俺は頷き、
「山ちゃん。三人って、いつからの友達なの?」
それにしても、驚くくらいに普通に話が出来ている。ほんのさっきまでの憂鬱だった俺は、どこへ行ったんだろう。
「中学に入学して以来、かな。一年の時、同じクラスで。何となく一緒にいることが多くなって」
「じゃあ、三年間だね。すごいな。俺は……」
つい口が重くなった。山ちゃんが首を傾げて俺を見た。眉間に皺が寄っていて、心配してくれている感じがした。俺は無理矢理振り切るように首を振ると、
「ごめん。何でもない。それにしてもさ。陽平、ドーナツ五個食べられるのって思ったけど……あっという間だったね」
山ちゃんは鼻で笑うと、
「あいつ、痩せ型のくせに、めちゃくちゃ食べるんだよな。どこにその糖分は行くんだよって思うけど」
「幸せそうな顔してて……」
可愛いと思ったなんて絶対に言えない。取り敢えず、笑ってごまかすことにした。
山本が、冷静な口調で訊いてきた。安達は、「そうなんだよ」と明るい声で言うと、
「俺さ、間違えて中野の靴箱開けちゃってさ。しかも、気付かないで中野の靴をはいてたっていう……」
「安達さ、落ち着きなよ」
山本が、諭すように安達に言った。が、安達は笑い出し、
「ほんとにそうだよな。でもさ、山本だって、間違うことくらいあるだろ? 靴箱なんて、どれも同じじゃん?」
「いや。靴箱の蓋には、名前が書かれてる。だから、落ち着けば間違わないと思うぞ」
「えー? ひどいな、山ちゃん」
『山ちゃん』と呼ばれた山本は、大きく息を吐き出し、
「誰が『山ちゃん』だよ。今までそんな呼び方したことないだろ?」
「え? じゃあ、オレのことは何て呼ぶんだ?」
土屋が笑顔で質問すると、安達は首を傾げ、
「『つっちゃん』?」
「いや。それ、おかしいだろ?」
二人の会話を聞いていたら俺もつい、
「安達。俺は何?」
「『慎也』でいいじゃん」
何故、そこで急に普通になるんだか全く理解出来ない。が、俺も何だかムキになって、
「じゃあ、俺は安達を『陽平』って呼ぶぞ。いいんだな?」
俺の発言に、安達は、
「呼んでくれるのか? いいよ。呼んでよ」
「えっと……」
「な? いいだろ、慎也」
「……わかった。陽平って呼ぶよ」
「よし!」
ガッツポーズまでしている。そんなに嬉しいのか? 陽平がわからない。ま、さっき親友になったばっかりだし、これから理解出来るようになるかもしれない。それに期待しようと思った。
ドーナツを飲み込んだ山本が、陽平に視線を向けた。陽平は首を傾げ、
「何だよ、山ちゃん」
「それは決定事項なのか? 俺たち中学時代から友達だけど、そんな呼ばれ方これが初めてだぞ? それでいくのか? 今後ずっと、俺は山ちゃん?」
「そんなに嫌なのか? いいじゃん。山本だから、山ちゃん。わかりやすいだろ?」
山本は、カップの飲み物をグッと飲み干す勢いで飲むと、
「受けて立つ。俺は今日から山ちゃんだ」
そんなに覚悟が必要なこと? そう思ってしまうほどの真剣な表情だ。この人たち、面白過ぎる。笑いそうになるのを必死で堪えていた。
そして土屋は、俺たちをぐるりと見回すとニカッと笑い、
「で? 俺は?」
陽平ではなく山ちゃんが、
「土屋は、つっちゃんなんだろ?」
「それ、言いにくくない?」
「確かに。陽平。どうする?」
陽平は、ドーナツに噛みつきながら唸ると、急に明るい顔つきになり、手を挙げた。それに対して山ちゃんが、
「はい、陽平」
指名されて、めちゃくちゃ急いでドーナツを飲み込むと、
「土屋の呼び名は『つっちー』でどうだ?」
「『つっちー』?」
陽平以外の三人の声が、ぴったり重なった。ちょっと面白い。
土屋の方にそっと目を向けると、土屋は満更でもなさそうな顔で、鼻の下を指で擦った。
「『つっちー』。ま、陽平がそう言うなら、それでいいかな」
呼び名問題は、一応の決着を見た。それからは、昨日観た音楽番組の話になっていった。つっちーが、アイドルグループのなんとかちゃんが可愛い、とはしゃいだ感じで言うと、陽平は、なんとかいうバンドのギタリストがいいと真面目な顔で言ったが、名前は聞き取れなかった。陽平の言葉に、つっちーは目を見開き、
「え? アイドルより、おっさん? 陽平って……」
「何だよ。何か問題でもあるのかよ?」
「問題ではないけど……意外で」
俺はテレビを観ない。だから、二人がどんな人たちについて熱く語っているのか、さっぱりわからない。山ちゃんは、ハーッと息を吐き、
「慎也。しばらく二人を放置しよう」
「それでいいの?」
「いい。俺、テレビ観ないからさ、二人の話についていけないんだ。だから、ほっとく。それに限る」
口元に笑みを浮かべている。俺よりずっと長いこと二人を見てきたんだから、山ちゃんの言うことは信用出来た。俺は頷き、
「山ちゃん。三人って、いつからの友達なの?」
それにしても、驚くくらいに普通に話が出来ている。ほんのさっきまでの憂鬱だった俺は、どこへ行ったんだろう。
「中学に入学して以来、かな。一年の時、同じクラスで。何となく一緒にいることが多くなって」
「じゃあ、三年間だね。すごいな。俺は……」
つい口が重くなった。山ちゃんが首を傾げて俺を見た。眉間に皺が寄っていて、心配してくれている感じがした。俺は無理矢理振り切るように首を振ると、
「ごめん。何でもない。それにしてもさ。陽平、ドーナツ五個食べられるのって思ったけど……あっという間だったね」
山ちゃんは鼻で笑うと、
「あいつ、痩せ型のくせに、めちゃくちゃ食べるんだよな。どこにその糖分は行くんだよって思うけど」
「幸せそうな顔してて……」
可愛いと思ったなんて絶対に言えない。取り敢えず、笑ってごまかすことにした。


